2007-05-13

押し寄せる「近代」 小野裕三

不定期連載 俳句ツーリズム 第2回
北京篇 その2 
押し寄せる「近代」
 ……小野裕三


 以前、中国でこんな句を作ったことがある。

  炎天の喧嘩の脇のドラム缶

北京でバスに乗っていたら、空き地みたいな広いところで実際にそのような風景を眼にした。それをそのまま俳句にしてみた。喧嘩と言っても殴り合いのようなものではなく、あくまで口論といった類のものではある。

この句について、「レトロな雰囲気」といった評がいくつも寄せられて興味深かった。評してくれた人は、まさかこれが北京の風景だとは思わなかったようで、例えば日本の昭和三十年代・四十年代といった、そういった時代設定を連想したようだ。中国がまだ多く持っているアジア的雑多性という側面と大いに関係するのだろうが、日本が近代化の過程で失っていったそのようなものを、他のアジアの国々と同様にまだ中国も多く抱えている。

中国の現在が、日本でのレトロになる。実際、街を歩いていてもそれはそのとおりだ。ちょっと散歩していても、今の日本の眼からは異国的ともレトロとも思えるような店などをよく見かける(写真)。経済的にもまだまだ発展中の中国は、時間軸で見るなら確かに日本を追いかけている存在と言っても間違いではないであろう。

海外詠は難しい、と前回に指摘したが、実はこういったところに逆に海外詠の可能性も密かに存在している。日本が失ったものを、海外で探すこと。特に中国などアジアの国では、その発見は比較的容易とも言える。

今の日本という国にある空間の多くは、どこか潔癖症めいた空間だ。几帳面さ、律儀さ、はもちろん日本という国および日本人という民族の美徳でもあるが、しかし同時にそれはどこか過保護的というか息苦しさといったものにも繋がる。そしてそのような潔癖症的な空間は、実を言うとどこか俳句的文脈とはうまく相容れないところがある。

相互に隣り合う空間同士が何か叙情的なものを微かに通じ合うような、そしてそれがいつの間にか大きな宇宙とすらも繋がりうるような、そういった空間感覚こそが俳句的空間である。畳や襖や障子や衝立や、そういったものに包まれていた日本的空間とはつまりそのまま俳句的空間でもあった。お互いに情緒が微かに通い合う空間群。その集積としての宇宙。その仕組みの中で初めて、俳句は宇宙と通い合うことができるのである。

だが、現代のいよいよ密室化していく職住空間はどうだろう。密閉された部屋は確かに安全で断熱性や防音性には優れているだろうが、そこに我々日本人が長く培ってきた俳句的情緒を見出すのはいささか難しい。そしてそのような潔癖症的空間は、日本人特有の病理というよりは、近代という運動体自体が持つ性癖である。

中国も例外ではないが、やはり経済発展が日本よりはまだ進んでいない分だけ、そのような相互に響き合う空間性・叙情性がまだよく残っている。であるがゆえに、「レトロな雰囲気」と言われるような俳句がそこから生じることも可能になるのである。

ただ、周知のように今、中国は大きな経済躍進の途上にある。特に北京は、オリンピックを控えて街のあちらこちらで大規模な改造が行われている。古い街並みがどんどん壊されて、綺麗なコンドミニアムやショッピングセンターが次々と建設されていく。

もちろん、そのような改造を惜しむのは旅行者の身勝手とも言える。旅行者にしてみれば、古い異国情緒に満ちたものが残っていることが面白いのだが、古いものには当然不便な点も多い。住民にしてみれば、古いものを取り壊して新しく清潔で便利なものが出来上がることに不満はあるまい。それを名残惜しく思うのは、旅行者の我侭であろう。

無論、そのような近代的改造がいけないと言っているわけではない。問題は、そのような近代化がいかにも無国籍で、その土地の固有の力をきれいに消し去ろうとしているのではないか、と思える場合もあることだ。後進性を消し去ることはもちろん近代化だ。だが、固有性を消し去ることは近代化ではない。

    

ところで、あの広い故宮の中に実は「スターバックス」があることを皆さんはご存知だろうか。「乾清門」という門のすぐ脇に、外側は普通の中国風の建物だが中に小さいながら「スターバックス」の店舗があって、そこではあの「スターバックス」の緑のマークを背にして中国人のスタッフたちがせっせとさまざまな種類のコーヒーを販売している。

広場を挟んだ反対側には、「スターバックス」とは対照的な中国屋台風の食堂があって、故宮に来る度に僕はそこを愛用していた。実際に街中にあるような庶民的食堂からすればやや値段は高め(それでも「スターバック」のコーヒーよりは安い!)だが、味はいかにも中国風で、けっして悪くないし、何しろ故宮の中で下町屋台的雰囲気を味わえるのが僕には嬉しかった。

ところが、である。なんとオリンピックを控えた改装のせいだろう、いつの間にかその下町屋台風食堂は、出来損ないのロッテリアみたいな内装の店に様変わりしていた(写真)。少しばかり唖然としたが、それもオリンピックに向けた外国人対策と思えば仕方あるまいと割り切って、その店に入っていく。メニューは飲み物中心だったが、食事もカレーと称するものが何品かある。写真を見る限りでは、ちょっと中国風でエキゾチックな感じでもある。僕の頭の中では、当然のように以前存在したあの屋台風食堂に並んでいたさまざまな中華食材が去来する。

そして僕の注文を受けて、そのロッテリアみたいな厨房の中から出てきたのは、ただのチキンカレーであった。本当に日本でどこででも見かけるような、チキンカレーである。食べてみても、やはりただのチキンカレーだ。特別に美味しくも、特別に不味くもない。いささか頭が混乱してくる。

カレーはもちろん、もともとインドやタイ方面の食べ物である。それが日本に渡ってきて、あの日本的なカレーライスというものに変貌した。日本のカレーライスと、インドやタイのカレーは、もちろん共通点もあるものの、実際のところ全く別の食べ物だと言ってよい。天ぷらがポルトガル語だかなんだかに語源を持ちながらも、まったくの純日本的な食べ物として進化してしまったのと似ている。日本のカレーライスは、世界に類のない、独自の食べ物である。だが、その時、故宮の一角で僕がせっせと口の中に運んでいたものは、明らかにその日本的カレーライスであるとしか思えなかった。

一体どういうことだ、なぜ自分はこの異国の地に来て、純日本的なチキンカレーを食べているのか。それが現地でも「日式」と呼ばれていささか人気のある日本式の食事の一種なのか、あるいは中国でもそのようなカレーライスと呼ぶものがやはり存在するようになっていたのか、そのあたりの真偽は不明である。

だが、ひとつだけ間違いなく言えることがある。それは、それがcurryという呼称である以上、それは中国起源の食べ物ではない。とすれば、それは果たしてインドの食べ物なのか(しかしそれもまたインドのcurryからはあまりにも掛け離れている)、あるいは日本の食べ物なのか、あるいは――? 中国の人たちが故宮の中にあるやや薄汚れた屋台風の食堂を改装しようとした意図は理解できる。

確かに、オリンピックを見に訪れるであろう人たちに、それはあまり見せたくないものだったかも知れない。だが、なぜ中国に訪れた旅行者たちに、インドのものとも中国のものともあるいは「日式」とも判然としないような食べ物を供さなくてはならないのか。もし、それが近代化もしくは国際化ということであれば、僕はそれに対して違和感を感じる。近代化や国際化は、無国籍になること、あるいは土地の固有性を消し去ることではけっしてない。

それにしても、とそのカレーを食べ終わった僕は考える。故宮の中における食事の選択肢のなんと狭まってしまったことだろう。故宮に入っていささかの距離を歩き、そして広い広場に突き当たった旅行者は、そこで軽く何かを口にしようと思うかも知れない。だが、その広場の左右両翼に並ぶものがそれぞれ「スターバックス」とそのチキンカレーの店では、僕ならずとも旅行者はいくぶんがっかりするに違いない。それとも逆に、故宮の中ですら出身国(つまり欧米や日本、あるいはインドなど)と同じ食事を口にできると知ってみな喜ぶものだろうか。少なくとも、僕にはそれは「悪しき無国籍」としか思えないのだが。

それでも、故宮のチキンカレー屋で働く女の子たちの表情は明るかった。北京でよく思うのだが、庶民的な食堂などで働く少女や少年の表情はあくまで無垢で明るい。もちろん、海外からの旅行者を相手にするような店やガイドなどは、これはどこの国でも共通だが詐欺師まがいの良からぬ人もたまにいる。多少そのような人がいるのは万国共通でやむをえないとしても、多くの少年少女たちは本当に無垢な表情をしている。

その美味しくも不味くもないチキンカレーを食べ終えた後、立ち上がって立ち去ろうとした僕の背後から、一斉に声が上がった。たぶん、「ありがとうございました」といったようなことを声を揃えて言ったのに違いない。振り返ると、はにかむような笑顔がいくつも並んでこちらを見ていた。その初々しい感じが、初めてオリンピックを迎える都市の初々しさと重なった。

実際、共産主義という先入観から来る無愛想なイメージからは、中国は(あるいは少なくとも北京は)遠く離れていこうとしている。初々しさと言えば面白かったのが、空港の入出国の審査ブースにある、奇妙な器械。四つのボタンが並んでいて、にっこり微笑んでいる顔のボタンから、不快そうな顔をしている顔のボタンまで、ボタン内に描かれた表情が順次変化している。中国人の友人に聞いたら、それは審査官の印象を観光客が評価するための器械なのだそうだ。印象が良かったらにっこりマークを、反対に悪ければぶすっとしたマークを押せばよいというわけ。もちろんこれも、オリンピック対策の一環としてごく最近に設置されたものだ。

だいたいこの手の入出国に関係する役人というのは、どこの国でも無愛想で時に横柄ですらある。ましてや共産国家であれば、と思ってしまうのだが、その笑顔評価器械のお陰で、北京空港の審査官たちは必要以上に笑顔を振りまいていたり、あるいは妙に顔がこわばっていたり、少し可哀想なくらいに過敏な対応をしていた。僕が出国した際のブースに座っていた審査官は若い女性だったが、笑顔を作るわけでもなく、なにやらぎこちない面持ちで僕にパスポートを手渡した。僕はそっとにっこりマークのボタンを押し、そしてそのオリンピックを控えた初々しい中国の古都を後にしたのである。



写真撮影:小野裕三

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