2007-08-05

第1回 週刊俳句賞 互選:選と選評21-30

互選:選と選評21-30



21 大井正志

14 薄荷菓子 1点

淡々とした一句一章で統一され、表現にぶれがない。句のリズム、テイストも一定し
ていて、心地よい安定感がある。7句目「オート三輪」で追憶を挿み変化を付けてい
るところも巧み。

34 日焼けのなすび 1点

「洗い髪」、「夏痩せ」、「西瓜」など、従来の季語の射程の外を言おうとする意欲
的な試みがよい。感覚が良いと思う。
問題もある。終助詞の切れに複数の意味が発生するため判断に迷ったが、最も良いと
思われる解釈とした。ただ、一句単独で読む場合に同じ解釈になるかどうか。
鳩サブレー買う<の>あじさい見る前に  軽い断定
洗い髪とは言えない<ね>短くて  同意を求める
夏痩せのせいじゃない<でしょ>その皺は  同意を求める
また、
西瓜ぶらさげて愛馬を訪ねけり
で、「けり」を唐突に使っているが、日常会話でいきなり文語を使うジョークに似た
滑稽感が生まれてしまう恐れがある。

40 ぶん投げて 1点

自在な文体、飄逸な雰囲気。スタイルが確立している感じがする。
「腰扇」、「広前」など読者を放り出すような言葉を使ってアクセントを出してい
る。ひょっとしたら遊んでいるのかも。どうであれ巧緻としか言いようがない。

感想

予選で取った作品は、上記の外に次の6作品でした。ごく簡単なメモですが、コメン
トを書いてみました。勝手なことを言いますが、ひとつの意見としてお聞きいただけ
れば幸です。

03 成層圏
「たちあふひ」、「如露」、「夏の鹿」で極められた、と思いきや「斎宮の」~「頬
杖や」がやや陳腐。でもそのあとの「金星」は良かった。
表現に瑕疵や疑問がなく安定感がある。

05 青い椅子
既往の俳句的情緒を越えようとする積極的な姿勢が感じられ、好感が持てる。(「八
王子」、「ふぐり」)
「悪い口」「青い椅子」を固有名詞的に扱っているが、その意味は解けなかった。

07 着衣
「主婦」「シェフ」「如雨露」「噴水」にリアルがある。
活用の誤り、口語の混入は残念。

15 ベタ
「忌」を散りばめて不安を表現しているのだろう。意欲的にテーマを志向している点は魅力で非常に良いと思うが、不安の中身が読みきれなかった。

17 落し物
表現の革新性では最右翼(左?)。「ピカチュウ」の583、「蛍」の773の韻律は独自で、三音から生まれる片言性が面白い。
仮名表記の不統一は残念。

29 長い街
取り合せ、比喩に斬新さを求めている。特に形容がよい(「塩味の気流」「雲が湧く兆しのやうな眼」「踏切のない長い街」)。
しかし???な句もある。
「唄つてくれし」 何故文語か
「土用波」 類想感がある上、この情緒は作品にそぐわない。

この他にも好感の持てる作品がありましたが、全体的におとなしめ。もっと冒険を試みても良かったのではないか、と感じました。


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22 すずきみのる

03 成層圏 1点

独特の叙情性に心惹かれる。ややムードに流されているかもと思われるが、その
甘さもある種の心地よさに繋がっているようだ。

24 焼け残る 1点

素材の捉え方が面白い。切り込みの角度に作者の個性を感じる。言葉の斡旋も凡
ならず、と思う。

35 シャツ汚す 1点

「もの」なり「こと」なりに対する独特の感触が面白い。特に「ひきがえる」の
句は秀逸。

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23 モル

06 さびしいかたち 1点

初夏の水の味することばかな
眠たくて百合のかたえに箱になる
蝉しぐれ窒素がこもるガラス瓶


09 負け癖 1点

笑い方おかしい人のなすび漬
負け癖や糸瓜やたらとよく育つ
夕立の手とか足とか持て余す

24 焼け残る 1点

ゆふぐれは発破と思ふ瀑布かな
かはほりや音の中なるフィラメント
弛みたる水平線を金魚玉

上の三作品を一点ずついただきました。
他に点はいただかなかったのですが、

02 ひと言に団扇一瞬止まりけり
10 眉を足すだけの化粧や冷奴
12 音たてて音けすゆだち子供部屋
20 遠泳やあたまのなかで歌ふうた
28 一房の一気に黒くなるバナナ
29 雷走る踏切のない長い街
39 友達の流れてこないプールかな
の句が良いと思いました。

40作品、面白く読ませていただきました。
結果発表を楽しみにしています。

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24 村上瑪論

12 一戸建 1点

10句を括った場合、そのタイトルが生きている作品ではと。「一戸建」のテーマに添った題材が各所に反映されている面白さ。さらに、「寝室の朝の結界ほととぎす」の寝室の朝の静けさから結界、そしてほととぎすへの跳躍感、「音たてて音けすゆだち子供部屋」の音が音を消す子供部屋の有り様に夕立を持ってきた実感、「開きかけの浴室の窓半夏生」のいかにも半夏生ならではの景が見えてくるような安定感、「真つ白きトイレの戸棚なか晩夏」のトイレの戸棚の中には晩夏が潜むというどこか気怠い既視感、という随所に凝った構成が伺えることのできる作品だった。


14 薄荷菓子 1点

10句の集合体としての完成度は高く、この一句があるために足を引っ張るということもない。たしかに優等生的な出来である。が、その分凹凸感が乏しくなるのはしょうがないとしても、もうすこし冒険した作品がほしかったような気もした。つまり、安心感と引き替えに甘く危険な香り(笑)が足らなかったのだろうか。しかし、「昼顔に~」「ストローを~」「短夜や~」は、それなりにきれいにまとまっている。また、「カレーの具~」「オート三輪~」「夕涼の~」はどこかに昭和の匂いを隠し持ち回想的である。そう、まさに「三丁目の夕日」的魅力があった。

35 シャツ汚す 1点

視点の角度に独特のものがある。気がつくとどっぷりとこの世界にはまっていた。ただ、これがダメだいうわけではないが、「ひきがえる中身は全て風であり」はちょっと大雑把すぎはしないだろう、か。「点すまでぶつきら棒な花火なり」は秀逸である。いや、笑い転げ愉しんだ。ムッツリとしていた花火が、点火した瞬間に今までとは打って変わって饒舌になる仕掛けに腹の皮が捩れ、かつどこかにペーソスを感じさせるという手の込んだ描写。本来ならすべてが平仮名表記であるところあえて「棒」としたことで、ネズミ花火なんかでない花火の形態を見事に表している。

全体を通しカタカナ表記に寄りかかった句が多かったようにも。もちろんそれがいけないというわけではない。問題は使いこなせているかである。あとは、人名、忌日、名詞等にもたれかかったのが目立った。遊びとしての狙いはわかるのだが、それならそれで、もっとインパクトがほしかった。それともこちらのアタマが硬いのか。この一句がなければいいのにというのがあり、反対にこの一句があるのに他のテンションが低く惜しかったというのもあった。10句という少ないフィールドの中で、クオリティのバラツキが多くの作品に見られた。さらには、限られた句数の中で同季語、または類似季語をちりばめるのは、技の少なさを披露しているようでもったいないのでは。

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25 中嶋憲武
14 薄荷菓子 2点

とてもよくまとまっている10句と思う。「海開き」で始まり、短夜の波の音で終るあたり、ニクい。朝、昼、夕、夜という推移もよく見える。特に真夏の昼のぼうっとした感じが、昼顔、ゼリー、ストローなどの小道具によく表れている。完全に脱帽です。

03 成層圏 1点

気持ちよく、小気味のいい句が並ぶ10句。たった10句でテーマ性のようなものが見え隠れしているのも面白い。

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26 三島ゆかり

07 着衣 1点

特定の瑣末な対象を詠むわけでもなく、滑稽に走るわけでもなく、景を自然に詠みつつ一句をものにするのは、じつはなかなかできるものではない。「白南風の午後がはじまる畜産科」「裏路地に半袖のシェフあらはるる」などのいっけん無加工な、それでいて配慮の行き届いた味わいが、まとまった句数を並べると際立ってくる。

10 とろりとあかき 1点

「口ごたへして赤すぎる苺かな」「五月闇緋色の絹の糸電話」「らんちうのとろりとあかき残暑かな」と、わずか十句の中に三句も赤を配置してアクセントとしている。「眉を足すだけの化粧や冷奴」と控え目に詠まれるわりには、おのずと派手を心得ているように感じられる。赤だけではなく、「地球」とか「四苦」といった強い言葉の置き方にも、それは感じられる。

39 素足 1点

文語旧仮名の句群の中で「お風呂」とか「ともだち」とか「ヱビス・ザ・ホップ」といった言葉は一般的には浮くと思われるが、ここでは去りゆく青春の光を乱反射させつつあやしげな魅力を放っている。豊島園などの「流れるプール」を逆手に取った「ともだちの流れてこないプールかな」には曰く言い難い切なさが感じられる。

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27 飯田哲弘

02 白紙の願書 1点

全体に落ち着きがある。奇をてらうのではなく、
新しい句を作ろうというのではなく、ごく素直に
日常生活の心の機微を上手に捉えていると思った。

14 薄荷菓子 1点

十指、足の指、舌など、肉体的感覚に富む作品。
全体として上品だがお高く止まっているのでもなく、
しみじみとした情緒が長く後を引くのが印象的。

29 長い街 1点

意味の通りにくい句もあるが、「雲が湧く」で頂いた。
「賛美歌を」のような視点もおかしみがある。

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28 近 恵

14 薄荷菓子  2点

一句一句が爽やかな景が浮かんできていい。
素直に読まれていて好感が持てる。
全体の構成もきれいにまとまっている。

03 成層圏  1点

句作りが上手いと思った。
全体を通してしっかりとしている。
甘くなりすぎずいい。

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29 振り子

04 枇杷    1点

「枇杷」で十句、テーマ詠としてさりげなく力みなくよくできていると思いました。
個人的には10句目が少々惜しいように思いましたが。

12 一戸建   1点

これは好きです。「子供部屋」、「二階廊下」など特に。テーマ詠のよさが出ていると
思います。こんどは「マンション住まい」のもいいかもしれない。

21 悪魔辞典  1点

人名、固有名詞と季語の関係、絶妙です。固有名詞は乱れがちになるところ、
ジャスト17文字、乱れていない。佇まいよい句軍です。
「西園寺公一」「愛一郎」「山海塾」「タマラ・プレス」「豊登」このラインナップにふるえました。


■全体感想。
週刊俳句が「賞」とはいささか驚きました。
賞の意味が掴み切れぬまま、ごく当たり前に近作を10句俎の上に乗せて
みたくなり思わず参加させていただきました。
39作品のどれも真面目な句作りのあとを感じました。
どなたの作品にも一句一句にそれぞれ佳句がありましたが、選句には十句の塊、
作品ということに重点を置きました。
持ち点3点で、頂けなかったのですが作品として「01歩き出す」「07着衣」「38素足」
このあたりにも魅かれました。

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30 岡本飛び地

14 薄荷菓子  1点

全体的に爽やかな雰囲気が漂い、一句一句を見てもそれぞれ完成している。
自由な発想や感性、そして観察眼を持ち合わせていないとこうはいかない。
浜辺に行った1日を10句で描いたように読める。
他にも背景やテーマを絞った作品が見られたが
この作品だけは、句同士が変に干渉せず、飽きもなかった。
それは、句が作品を構成する一部分でなく、
それ自体が一つの作品として大切に作られているからだろう。
目標にしたい形の一つである。

17 落し物  1点

10句の中に笑いも爽やかさも切なさも込められていてバラエティー豊か。
この作者は他にどんな句を詠めるのだろうか、と期待してしまう。
全ての週刊俳句読者が知っているはずの宮崎二健の名を出すあたり、
エンターテイメント性と遊び心も感じる。
作者には失礼かもしれないが、決して正統派ではないこの作品・作者に
他のどの賞でもなく、週刊俳句だけが賞を与えられると思う。
なお「両肩にマスクメロンを乗せダンサー」は全句中、特選。

23 白紙  1点

感性、というか豊かな発想を感じる。
わかりやすいのに決して媚びていないところにも好感が持てる。
「あめんぼ――」の絶妙な距離感といい
「洗濯機――」の日常の緊張感といい
「歌止みて――」のイメージの広がりといい、
いちいち魅力的で小憎らしいくらいである。
魅力的でも「てにをは」に違和感がある作品がいくつかあったが、この作品にはそれがない。
一字一句を丁寧に選ぶことで、
作者の思い描いたモチーフの味が最大限に発揮されているのだと思う。