2007-09-23

時空のエアポケットを歩く 小野裕三

俳句ツーリズム 第10回

京都・滋賀篇その1
時空のエアポケットを歩く ……小野裕三



ちょうど関東を台風が直撃した翌朝、新幹線に乗って京都に向かった。テレビの台風速報ではいろんな線がまだ止まっているようだったが、近くの駅に行って聞いてみると「東海道新幹線は動いてますよ」とのこと。であれば、ということで新横浜に向かう。

新横浜に着くとちょうど「こだま」号が入ってきたので、飛び乗る。台風は関東から北へと向かっていたので、新幹線が静岡に着いた頃にはもう空も晴れていた。この調子で行けば、京都もすぐ着くだろうと思っていたら、なかなか着かない。「こだま」号なんてあんまり乗ったことがなかったが、乗ってみてあらためて思ったのだがこれは「新幹線の鈍行」。各駅に停車するだけでなく、停車するたびに「のぞみ」やら「ひかり」を先に行かせるために長々と待合のための停車をしている。

そんなわけでいらいらが募り、名古屋で「こだま」号を降りて「のぞみ」号に乗り換え、一路京都へ。

僕が所属する俳句結社では、毎年京都(正確に言うと比叡山)で合宿勉強会を実施している。今回もその合宿の前後に休暇をくっつけてのちょっとした関西旅行である。

京都には昼過ぎくらいに到着。市内をうろうろしながら、途中の寺やら店を覗いていく計画。京都御所の付近まで地下鉄で出て、それから南下していく。京都の町は、街角のふとしたところにお寺や祠がたくさんあって、面白い。このような雰囲気は鎌倉なども似ているが、古い町ならではの現象だろう。

歩いていると、お茶を売っているお店があった。老舗然とした門構えで、よく見ると喫茶もやっているらしい。さっそく入ってみる。煎茶をオーダーするが、お茶の葉を入れた急須、和菓子、お湯を入れたポット、とともに茶碗が三つ盆に乗ってやってくる(写真1)。

三つ? すると、店員の女性がお茶の煎れ方を説明してくれる。三つの茶碗は、ポットの中の熱湯を冷ますためのもので、茶碗に注いだお湯を順次茶碗に移し変えて冷ましていくらしい。そうやってようやくお湯が急須に辿り着く。茶葉にお湯を注いで待つこと一分十五秒(この細かい時間も、店員からきちんと指示があったもの)。そうした長い儀式の果てに、いよいよ飲んだお茶は――確かに美味しい。すっかり洗脳されて、帰りがけに缶入りのお茶の葉を買って出る。

そこからまたゆっくりと南下。すると、商店街の入り口みたいなところに本能寺と書かれたお寺がある。本能寺とはあの本能寺? 説明書きを読むと、織田信長が最期を遂げたあの本能寺に間違いない(もっとも、場所は変わっているようだが)。信長の供養塔も今の境内にはあるとのこと。少しその本能寺を覗き、そこから商店街を抜けてさらに南下。次に訪れた寺は六角堂。生け花発祥の地であり、「京都のへそ」と呼ばれる石もある(写真2)。

小さな寺だが、雰囲気のあるよい場所だった。そこから八坂神社まで向かって寄り道をしながら歩いていると、小野篁が云々と書かれた説明文を見つける。それが六道珍皇寺。その寺の奥には、小野篁が冥界に通ったという井戸まである。京都、おそるべし。ちなみに小野篁は、ここから冥府に通って閻魔大王に仕えたという話もあるとか。という伝説の井戸が現に残っているというのがなんとも古都らしい。


八坂神社に着いた頃にはもうすっかり夕方になっていた。ここには、二十一世紀を迎えた元旦の朝に、初詣に来た。結婚したばかりの妻と、「二十一世紀は京都で迎えよう」という趣旨で年末から年始にかけて京都旅行に来たのだ。その時の初詣に行った先が八坂神社と清水寺。あれから七年、いいことも悪いこともいろいろあったなあ、と思いつつ、二十一世紀の中間報告をして八坂神社に手を合わせる。これからも、いいことがありますように。

ちなみにその七年前の旅行の際には他にも金閣寺・銀閣寺や詩仙堂などを訪れた。

  空耳が金閣寺にもありにけり

これはその時、金閣寺で作ったもの。その旅行の十二月の最後、つまり、二十世紀の最後の日くらいに作った句である。金閣寺自体の歴史についての知識はあまりなく、むしろ三島由紀夫の『金閣寺』のほうがしきりに思い出されたりしていたのだが、この句にもそんな想念が反映されているかも知れない。

思うのだが、京都とか鎌倉といった古い町はやはり俳句が作りやすい。いろんな理由があるのだろうが、町自体が長い歴史の蓄積を文脈として蓄えているというその構造自体が、きっと歳時記に象徴されるような俳句文芸の構造に似ているのだろう。町角のいたるところに残る古い寺社やお堂などに接し、そのような場所に残る史実や伝承(織田信長や小野篁が、町の合間からふっと現実的な存在として顔を出す)を耳に傾けると、ふっと時空のエアポケットに吸い込まれていくような気分になる。この感覚は、歳時記やそこに記載されている季語に接触する時の感覚ととてもよく似ている。現代のすぐ隣に、ほんのすぐ向こうに、深い歴史やそこに絡まる長い時間をかけた人の思いが堆積している。京都や鎌倉は、どこかそのような歳時記的な構造を連想させる町だ。

さて、八坂神社の近くでうどんを食べた後、夜は京都駅近くのビジネスホテルに泊。いったん荷物を置いて、駅前の京都タワーに登る。京都の町並みも面白いが、足元に京都駅の巨大な建物が輝いているのが意外にシュールで面白い(写真3)。ちなみに、「たわわちゃん」なるキャラクターがあることを発見(写真4)。「たわわちゃん」は人気なのだろうか、ちゃんと関連グッズなども売られているのであった。

              ★

翌朝、早起きをして清水寺へ。知人から「清水寺で頭痛のお守りを買ってきて」と頼まれたので、探してみる。頭痛のお守りなんてあまり聞いたことないけど、本当にそんなものがあるのか、と訝りつつ、ずらりと並んだお守りを見ていく。と、ありました、「頭痛御守」。その知人曰く、頭痛によく効くそうであるが、本当なのか。

清水寺の後は三十三間堂へ。ずらりと並んだ観音像のイメージは写真などで何度も見てきたが、実物を見るのは初めて。だが、たくさん並んでいるのに感動したというより、中央に大きな観音像がひとつあって、これが美しかった。しばらくずっと、その像を眺めている。

ちなみに、三十三間堂にも「頭痛除け」というお守りがあった。頭痛お守りなんて他では眼にしたことはないのに、京都で二箇所も発見するとはちょっとびっくり。とりあえず、頭痛に悩む知人のためにそのお守りも購入してみる。

ここまででいったん観光は終わり、結社の合宿に向かう。十三時に京都駅前から出発するバスに乗って比叡山へ(写真5)。

既に結社の人たちはたくさん集まっていた。一年ぶりくらいに顔を合わせる人たちもいて、なんだかやはり嬉しい。夕食の後、句会が始まる。句会終了はもう十時を過ぎていたが、それから一風呂浴びようと大浴場に向かう。体を洗ってしばらく湯船に浸かっている。他に客もいないし、一人きりで気分がいい。と思っていると、一人新客がやってきた。なんと、それはわが結社の主宰だった。

「おお、小野君か。なんか、今日は変な句を出してたな」と声を掛けられ、「はあ、すみません」などと言いつつ僕も近寄っていく。それから湯船に並んでいろんな話をすることができた。文字通り裸の付き合いというわけだが、いろいろなアドバイスや励ましの言葉が嬉しかった。

風呂の後、部屋に戻るとすっかり宴会場に変貌している。布団は隅に追いやられ、真ん中のテーブルに缶ビールやら日本酒やらが積み上げてある。合宿の楽しみのひとつに宴会があることは間違いないのだが、その後でぷんぷんと酒臭い部屋で寝るのは少しばかりつらくもある。

まあ、そんなことも含めてすべて合宿の醍醐味。宿泊している宿は宿坊なので、翌朝には延暦寺の根本中堂で勤行も(自由参加だが)実施される。せっかくだから参加しようと思っているのだが、勤行開始は確か六時半。うーん、ちょっとつらいなあ、と思いつつ結局就寝したのは午前三時なのであった。(次回に続く)
























写真撮影:小野裕三

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