2007-10-07

前田英樹氏講演「芸術記号としての俳句の言葉」を再読する 関悦史

前田英樹氏講演
「芸術記号としての俳句の言葉」を
再読する
                
……関悦史



去年の10月14日、「大南風忌」の席で前田英樹氏による講演「芸術記号としての俳句の言葉」が行われ、その記録が『-俳句空間-豈』第44号に掲載された。

この講演が俳人に何をもたらしたかといえば、人の記憶と感覚が織りなす広大な領域、その全てを俳句は一句の中に封じ込めうるのだという途方もない可能性、これまで「事物の報告に終わってはいけない」とか、「名句には永遠が孕まれていなければ」とか、「短くなくては言えないことがある」といった、実作者の側からはごく経験的・直観的にしか語られてこなかった領域を言語哲学的な見地から切りひらき、基礎づけて見せてくれたという、その一事に尽きる。

講演の前半で主に説かれたのは、生きていく上で有用である知覚(「食べられる/食べられない」)と、有用ではない感覚(「うまい/まずい」)との対立、そしてその両方によって二重に分節されている、われわれの身体や生のありようだった。

生活していく上では必要のない感覚、及びそれに基づく記憶も、その一切がわれわれの中には消えずに残っており、この感覚と記憶のカップルが芸術創造の源泉であるとされる。

前田氏の言い方では、「例えば十年住んだ家から引っ越したとしても、壁のシミとか障子の破れとか無意味な細部を何もかも精密に記憶の中でたどれる。(略)芸術はこの記憶、何一つ忘れずに沈殿する記憶に関わっています。こういう記憶のあり方を最大級に追求したのが、いわずと知れたプルーストの『失われた時を求めて』です。」(筆者が取った講演メモより)となる。

それら曖昧に弛緩した不要不急の膨大な過去の領域から、いま直ちに対応しなければならないピンポイントにまで収縮した領域(例えば「火事だ!」)にいたるまでまで、われわれの中にはその全てが残っており、記憶とは、その弛緩=収縮の反復の中で生成されるものだと前田氏はいう(一方同時に、言語自体にも「火事だ!」の場合のような、意味伝達だけが急務である指向対象-現実の火事-と密着した収縮の極から、ただの寝言のような弛緩の極までの大きな幅がある)。

そしてその生の全域にも等しい包括を芸術表現に転ずるのに、『失われた時を求めて』のように享受に長大な時間を要する「連続展開型」と俳句のような「凝結型」の二種類があり、俳句は凝結型であると話は続く。

つまり講演全体は、前半で芸術表現の全領域に共通する原理的な話題を概説し、最後に芸術内の一ジャンルである俳句にまでそれを敷衍するという構成になっている。

こうした文脈で語られるとき、俳句が凝結型の表現だということは、いささかも常識ではない。

俳句の本領を、事物の断片を鮮やかに切り取ることと捉えたり、または片言性や滑稽に求める立場、あるいは作者の心境・自画像・世界観を形象化してみせようとする《述志》的立場、また入門書の類によく見られる「俳句は短いからものが言えない、だから事柄の説明や主観的な心情は省くべきだといった」といった倒立した認識を示す決して少数ではないであろう立場に対し、プルーストの大長篇に匹敵する包括を一句の中に凝縮するといったこの野望は、荒唐無稽というむきもあるだろうがすがすがしく広やかであり、この講演は俳句はどこを目指すべきかについて一つの説得力ある見方を示したものと思われる。

包括を芸術表現に転換するには、その都度固有の図式が要ると前田氏はいう。

「しゃべる」というのは頭の中で完全に出来上がった文章を出しているだけではないですよね。丸暗記したものを棒読みするように出しているわけではない。

ベルクソンは「動的で抽象的な、図式のようなものがある」といっています。潜在的な図式ですが。

現に話された言葉とは別な次元があるんです。 図式自体もしゃべりながらどんどん修正されていきます。

これは身体の行動でも同じことです。

幅跳びとか三段跳びとかをしようとする場合、その図式が前もってあり、それを身体の職分に展開していくわけです。あるいはやったことのないバレエをやろうとする場合も図式があって、修練を積むにつれて抽象的な最初の図式に近づいていく。または途中で図式自体が修正されていく。

(筆者が取った講演メモより)

そして凝結型表現の場合「包括的な図式自体、その全体をすらも凝結型は表現することがある」と続く。図式それ自体の表現、「ある」ということ自体の表現とは、俳句においては、俳句の言語がその指向対象性・意味性をなんらかの仕方で超えることで、骨董の茶碗と同じようなモノという相貌を帯びる事態を指している。

言語は通常、いやおうなしに指向対象と結びついてしまうが(「コップを取ってくれ」といえば通常現物のコップが取ってもらえる)、ここではそうした道具的なあり方とは異なる次元での言語の組織化が果たされていることになる。

『芭蕉七部集』の中に

行春を近江の人とおしみける 芭蕉

知る人にあはじあはじと花見かな 去来

という句がありますが、この二句には無限の差があります。

去来の方は連続展開型の句で、滑稽(駄洒落だけ)です。芭蕉の句の「春」は単なる季節の一つとしての春ではありません。流れる時間の一切を包括した「春」です。「近江」もこの場合、指向対象(特定の地名)ではなく、あらゆる地名を包括しています。

そして「おしみける」。これも単に悲しいとか名残惜しいとかではなくて、人間のあらゆる感情を包括しています。

なぜこの言葉の組み合わせがこの包括の強度を持つか? これはわかりません。
(筆者が取った講演メモより)

図式それ自体の表現というのは、私見では自己言及性といったものとはあまり関係がなく、むしろ「枯木の花咲くに驚かず、生木の花咲くに驚け」「世界のなかに神秘があるのではなく、世界があることが神秘だ」といった認識が、眼前にそのまま形象化されてしまうことへの、畏怖の感覚をも伴う驚異におそらく近い(前田氏といえば高度に抽象的な事象を論ずる人という印象が強いが、一方では物質の実在に深く打たれる資質の持ち主でもあり、その資質による最高の成果のひとつが『セザンヌ 画家のメチエ』であろう)。

世界そのものに等しい領域がひとつの表現物にまとまり、眼前に置かれることへの奇跡感。

こうしたことは一目で作品全体を見渡すことができない連続展開型の表現では起こりにくい。長篇小説や交響曲において作者が当初潜在体として抱いていた図式を看取するには、一定の時間をかけて作品の全域を踏査した後、復元する作業が必要となる。

連続展開型の表現が世界全体に匹敵する包括をリアライズするためには、原理的には世界と等量の長さが必要とされるのではないか。むしろ連続展開型の方がどれほど巨大であっても断片なのだ。全容を一瞬で把握しうる凝結型の表現としての俳句の可能性がここに垣間見える。

詩でありながら凝結型である俳句の特異性とは、言い換えれば、世界が在るということの奇跡性にもっとも迫りうる詩形であるということである。

じつは講演の前半部分は、前田氏がライフワークとして展開してきた前田氏年来の関心事であり、その主著のひとつ『言語の闇をぬけて』で展開されている思考の思いきり簡単な祖述となっている。

『言語の闇をぬけて』は前田氏の著作のなかでもおそらく一二を争う晦渋な本であろう。言語論においてソシュールとベルクソンを組み合わせるという難事に挑んでいるからだ。

ソシュールの最大の業績は、「われわれが使う言葉以前に、システムとして言語がある、“事物と無関係に”言語というシステムがあるということを発見した」(質疑応答時の前田氏の発言)ことにある。

言語は事物を名指すためのただの道具などではない。それは物とも心とも無関係に別の領域を形成している。「言語は差異の体系である」とは、言い換えればそういうことである。

この知見が構造主義の源流となるわけだが、ここで困ったことが発生する。言語が独立したシステムだとすると、言語がいったいどのような仕方でわれわれの生、記憶、現実に介入しているのかわからなくなってしまうのだ。

ここで前田氏はベルクソンを召喚する。
「彼は言葉を語り/聞く活動のすべての根拠を、〈事物、身体、運動、記憶〉の系においてかたりきってしまう」(『言語の闇をぬけて』あとがき)。

ソシュールとベルクソンのペアは、言語へのアプローチとしては両極端であり、その真ん中には乗りこえがたい亀裂が走っている。

「言葉が〈意味〉を持ちながら〈ある〉ことは、ソシュールとベルクソンとが示したふたつの存在論のあいだで、一方から他方をたがいに決して覗かせない折り目として成り立っている」(同あとがき)。

『言語の闇をぬけて』一篇はこの謎への困難な漸近の記録であり、無論それは最後まで明確な解答を得るには至らない。

凝結型表現の成功例として挙げた芭蕉の句への「なぜこの言葉の組み合わせがこの包括の強度を持つか? これはわかりません」という言明はおそらくこの「折り目」に関わっている。

前田氏はここに、ベルクソン的な生と記憶の内部に深々と介入した言語と、ソシュール的な自立したシステムとしての言語、その二つの「折り目」を飛び越えての、ある奇跡的な結びつきの例を見ているのではないか。

「言語は(不可避的に)指向対象を持ってしまう」という命題に立ち戻ると、芭蕉の句の言葉が「春」でありながら「春」以外の一切の季節をも表すというのは、伝達機能の上からいえば失調であり、超脱である。

そして言語芸術が凝結型表現を成し遂げる上でこの失調はおそらく不可欠なのだが、それが個々の作品においてどう実現されるかは、おそらく定式化のしようがないだろう。

以上、前田氏の講演を現場でのメモと『豈』掲載記事より、そして講演では直接言及されなかったもののその思考の背骨を成すと見られる『言語の闇をぬけて』をも参照しつつ、最大限その可能性の側に立ち、祖述を試みた。

俳人がこの講演内容を継承発展させる道は幾とおりか考えられる。記憶を弛緩と収縮の中でその都度生成するものととらえれば、それが直線的に進行する年表的な時間性を持つとは考えにくく、これは「時間性の抹殺」(山本健吉)という命題への新たなアプローチにも繋がるだろうし、また凝結型の表現を実現する上で、「季語」や「切れ」といった俳句特有の制度はどういった機能の仕方をしているかといったことも探究の対象となりうるだろう。

その前に凝結型表現が成功した作例としてどのような句があるかも省みなければならず、例えば「階段を濡らして昼が来てゐたり」(攝津幸彦)、「白昼を能見て過す蓬かな」(宇佐美魚目)、「大晩春泥ん泥泥どろ泥ん」(永田耕衣)、「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」(細見綾子)といった作品群が思い浮かぶが、個々の仔細についての検討はまたの機会に譲るしかあるまい。


付記

当日、実際に私が聴いた講演と、『-俳句空間-豈』44号に掲載された講演記録との間には、全体の論旨こそ変わらないものの、細かな部分にかなりの異同がある。

説明に使う事例の選び方、話の各部分の粗密や長短の度合、そしてもちろん語り口(実際の前田氏の語り口は開放的で、いま生成しつつある思考の渦に聴き手の心身を引き込むような躍動感に満ちたものだったが、書かれたものからそうした気配を感じとることは難しい)。

「週刊俳句」第19号で宇井十間氏が、この記録は誰が書いたものなのかという疑問を呈していたが、これはおそらく前田氏本人によるものなのではないか。実際の講演と講演録とが、同じ主題をめぐる二つの異稿と呼んだ方がいいほど違っており、無記名の筆記者による改変とは考えにくい。

また講演後に私が『豈』編集部に電話をした際、「前田さんは講演前にかなりちゃんと原稿を用意する」との話を聞いたが、実際の講演では前田氏に原稿に目を落とすといった動作はほとんど見られなかった。今回の講演録は、事前に準備した草稿を講演後に前田氏本人が手直ししたものではないかと思われる。

講演と講演記録との最大の違いは、実際の講演であれほど印象的に何度も登場したベルクソンの名が、活字になったものには一切出てこないことである。

これは活字にする際に後から除去したということではなく、講演記録というより講演草稿に近いらしい活字バージョンでは、講演者にはわかりきったこととしてはじめから省かれていということかもしれない。そのために何を淵源とした思考なのか、見えにくくはなった。




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