2007-10-28

「エレガントな解答」と現実 野口裕

「エレガントな解答」と現実
高山れおな「俳句本質論、ではなく」を読んで ……野口裕



ダーウィンが進化論を打ち立てる際、マルサスの『人口論』からヒントを得た。古生物学者S.J.グールド(カンブリア紀の進化の爆発を描いた『ワンダフル・ライフ』の作者として有名)の書いたものによると、ダーウィンが最初に読んだのは『人口論』のダイジェストだったらしい。『種の起源』をまとめる前段でさまざまな進化のデータをどうまとめるか悩んでいた時期で、ダイジェストを読んだだけでこれは使えるとなったようだ。

少数のデータだけで、それを説明するもっとも適切な仮説を立てると、他のいろいろなデータを一気に説明できることがある。哲学者パースはそうした思考方法をアブダクションと名づけた。ダーウィンがマルサスから得たものは、アブダクションの典型的な例かもしれない。

先日、本屋で『俳句界』の九月号を立ち読みしていた。澤好摩の時評は、小澤實主宰『澤』の創刊七周年記念号(2007年7月号)の特別企画「二十代三十代の俳人」という特集についてだった。澤好摩は、特集で取りあげられた二十代三十代の俳人のうち、高山れおな、鴇田智哉、冨田拓也、高柳克弘に注目し、特に高山れおな、冨田拓也の二人の俳句を高く買っている。と、ここまでのところは、ほうほうと口には出さないが、まあそんな感じで読んでいた。神戸六甲の裏手に住む五十代の人間からすれば、皆さん頑張ってますねえ、である。

ところが、俳句の論評が終わり、高山れおなの評論を紹介しているところにさしかかり、むむむとなった。思わず、衝動買いした。『半七捕物帖』には、「むむ」と言うセリフが頻出するが、「むむ」ではなく「むむむ」である。「本質論、ではなく」と題された評論の一部が紹介されている。「むむむ」のところだけ抜き出すと、

なぜ俳句本質論を避けるべきなのかといえば、そもそも俳句本質論など不可能ではないかと疑っているからだし、不可能ではないとしても有害だと思っているからでもある。つくり手の精神に、享受者の論理をしのびこませてしまうゆえに。俳句本質論とは要するに俳句に固有な性質を、即、俳句の本質として抽出しようとする態度であろうが、固有性といってもじつは相対的なものでしかない。五七五の音数律、季語、切れ、挨拶、即興、滑稽など、俳句の固有性として措定されてきた要素のどれひとつとっても、他の詩形式(川柳・連歌・短歌・自由詩・日本漢詩・中国古典詩・西洋詩)と共有されていないものはないのである。
 そして本来、形式の相対性をひきうけることの方が、俳句をゆたかにするはずなのだ。一方、主観的な意図はどうあれ、擬制的な固有性を限定するはたらきをしてしまうところに、俳句本質論の罠がある。(高山れおな「俳句本質論、ではなく」『澤』2007年7月号)


 ここ十年ほどの「俳句=切れ」論の流行は、渡辺隆夫に、

切れとはぷっつんぞなもし(『都鳥』1997年)

と、揶揄されてもとどまるところを知らなかった。私自身も「俳句=切れ」に影響されつつ作句していることは否定しようもないが、そうした論に飽きが来ているのも事実である。

澤好摩は、「俳句本質論の罠」とは、「主観的な意図はどうあれ、擬制的な固有性を限定するはたらきをしてしまうところ」にあるとする指摘の意味するところは大きい。(時評『俳句界』2007年9月号)と、評している。

私自身は、「形式の相対性をひきうける」というところにも感銘を受けている。昨年から、川柳の小池正博と『五七五定型』という雑誌をやっているが、なぜ一緒にやっているか、と言われると、私にも分からないところがある。だが、「形式の相対性をひきうける」とは、まさに私の無意識の部分を突かれた。マルサスの『人口論』を与えられでもしたような気がする。

『俳句研究』(2007年2月号)の仁平勝『俳句の射程』の書評で、高山れおなは「俳壇広しといえども仁平理論を自分ほど忠実に履行している者はいないかもしれない」としつつも、「仁平の俳句本質論は何かが決定的に駄目なのである。」と書かざるを得なかった。仁平が「金子兜太の造形俳句論を完膚なきまでに批判している。」とし、金子の誤りを「<「主体」という神話への信仰>であるとする仁平の説明には間然するところがない。」と続けるが、

しかし、金子はまさにその「信仰」によってこそ、あれだけ多産たり得た。ひるがえって仁平の理論の生産性について考える時、評者は懐疑的にならざるを得ない。(高山れおな書評『俳句研究』2007年2月号)

と書いている。これはかなり深いところからの発言だと、「本質論、ではなく」を読んであらためて感じた。私は造形俳句論というのをよく知らないが、間違った理論が多産であり、正しい理論が何も生みださないというのはよくあることだろう。間違った理論が、現実はこうでなければならないと切り込んでいくのに対し、正しい理論はつじつま合わせに走りやすいからだ。科学理論におけるパラダイムの交代の時代には、新しいパラダイムは荒削りであり、古いパラダイムは精緻であることが多い。例を上げれば…、となると話があっちに飛んでしまうので、取りやめ。

「第二芸術論」以降の、社会性俳句や前衛俳句の運動も、俳句否定論なる「本質論」に対する抵抗という側面が相対性を引き受けることを自動的に保証していたのかもしれない。

高山れおなは、筑紫磐井の弟子を自称しているらしいが、「俳句本質論、ではなく」は、確かに筑紫磐井『定型詩学の原理』を消化吸収した上での、鮮やかな言上げといった趣がある。『定型詩学の原理』では、詩一般の定義をしない。かわりに詩を、詩と異なるもの、たとえば日常文や散文から差別化する意識が生みだすものとしてとらえる。

実は詩の定義は常に時代に裏切られてきたのであり、新しい詩、詩ではない詩が生まれてきた。アリストテレスは決して、イタリア未来派、ダダやシュルレアリズム、ビート派詩人の作品を詩と呼ばなかっただろう。(筑紫磐井『定型詩学の原理』ふらんす堂2001年)

ちなみに『定型詩学の原理』では、意味の差は一切考えず、同一の定型は同じ分類として処理する。したがって、俳句と川柳、和歌と狂歌は同一のレベルで論ぜられる。桝野浩一が角川短歌賞の予選の段階で最高点を取りながら、最終選考では短歌のジャンルと狂歌のジャンルを区別する議論が持ち上がり、受賞できなかったことなどが思い浮かぶがこれも脇道になりそうなので割愛する。

私はダーウィンほど勤勉ではないので、元の論文に目を通さないままに『俳句界』の時評だけを頼りに書こうかとも思った。しかし、その機会を得ることができたので、ここから時評を離れて元の論文に即して見ていくことにする。

時評のみを読んでいたとき、「つくり手」と「享受者」の峻別ははたして必要か、という疑問があった。論文の全体を読むと、高山れおなにとって、「つくり手」の主題喪失が大きな課題としてあるようだ。論文の前半は、最近見たいくつかの美術展の感想が綴られる。日本の中堅若手美術家が、「洗練にこそ欠けていないが、あまりに小さく弱々しく」なっていると言い、「主題こそが決定的」だという言葉が引かれている。

大正八年組(文脈上、八、九年生まれの六林男、鬼房、兜太、澄雄、敏雄、龍太に十二年生まれの重信を含む)のあの存在感というのも要は彼らが俳句界において例外的に主題を持ち得た人たちだからではないかというのが、現在の僕の見通しなのだった。逆に僕たちはほとんどの場合、主題なきままにその時々の素材の処理に熱中しているだけではないのか。そんな疑いを払うことができない。(高山れおな「俳句本質論、ではなく」)

素材と主題が対立的に語られ分かりにくい面があるが、主題を持ち得た作家に重信を含むことから、おぼろげに見えてくるものもある。重信は発想(主題)ないままに言葉を書くと言っているにもかかかかわらず、「それを無効にしているほどの過剰さがあったから、不毛におちいることはなかった。」と高山れおなは判定する。そして、重信は「俳句本質論におちいることを慎重に回避している。」として、冒頭の話につながっていく。

しかし、高山れおなの切実な主題喪失感はわかるとして、やはり「つくり手」と「享受者」は峻別されねばならないだろうか。「つくり手」と「享受者」は、論文後半、この文で引用したところに唐突に登場してくる。澤好摩は、

<何を書くか>ということにのみ「主題」を設定するのも、私はどこか違うような気もする。(時評『俳句界』2007年9月号)

と、「つくり手」と「享受者」の峻別に疑問あるような口ぶりだが、高山れおな自身は、

本質論的な構えからは、主題という問題系が引き出されることはないだろう。主題の問題は、つまるところ個々のつくり手の側に属しており、形式の側には属していないのだからこれは当然だ。(高山れおな「俳句本質論、ではなく」)

とする。わからない。「つくり手」でない者にとっても「俳句とは何か?」は存在すべき問いと思えるからだ。そこで、あえて「享受者」の立場に立つと、「俳句本質論」について次のようにいうことも可能ではないかなと、愚考する。

五次以上の方程式に、四則演算や根号だけを使って表せる解が存在しない、あるいは定規とコンパスだけで角の三等分が作図できないのと同様に、

 「俳句とは何か?」に答える論は存在しない。

より、詳しく言うと、

「俳句とは何か?」に対する答は存在するかもしれない。しかし、その答を論にすると、とたんに何かがはみ出てしまう。

ゲーデルの不完全性定理などを持ち出して議論するのも可能だろうが、そこまでしなくても、仏教の哲理が最終的に否定形の文でしか語れないことからでも議論できるだろう。しかし、それは私の手には負えない。

五次以上の方程式は置いておくとして、角の三等分の方は、実はできるのである。やり方は覚えていないが、大工さんがよく使う曲尺、あれなら角の三等分はお手のものらしい。では、なぜ角の三等分が難問だったかというと、定規は点と点を結んで直線を引くだけ、という厳格なルールがあったからだ。ギリシャ時代に、すでに厳格なルールを外した答はあったが、ルール違反という気分があったようだ。厳格なルールに則ってやれば、できないということがわかったのは1837年のことになる。おそらく、厳格なルールに則って問題を解くことには、美的感覚がともなっていたのだろう。数学ではよく、「エレガントな解答」などという言い方がされる。定規のルールと同様の感覚がはたらいているはずだ。

俳句本質論も、「エレガントな解答」に似たところがあるんじゃないか、と言いたくはなる。よくできた俳句本質論を読めば、確かに気分爽快になる。しかし、あまり読み過ぎると、だんだん退屈してくるのも事実だ。現実はすぱっとは、割り切れない。

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