2007-11-18

いい噺・いい芸 齋藤朝比古×さいばら天気

いい噺・いい芸  週俳、落語会に出かける  齋藤朝比古×さいばら天気



「おめでとうございます。抽選の結果……」。ある日、こんなメールが届いた。よくあるスパムメールではない。落語会への招待である。

ことの経緯はこうだ。過日、「ラジオデイズ」というサイト(記事末尾にURLほか)から相互リンク申し出のメールが、『週刊俳句』の連絡先である私のアドレス宛てに届いた。サイトを拝見すると、「声」と「語り」のダウンロードサイト、とあった。いわゆるネットラジオの範疇と解していいのだろうが、音楽でなく「声と語り」というところが特徴だ。

なぜに『週刊俳句』が『ラジオデイズ』のような本格的なサイトの目に止まったのか不思議だが、ラジオ愛好者の私は、喜んでリンクを貼らせていただいた。ラジオデイズのリンクは、週俳「俳句関連リンク集」の一番下にある(俳句に範疇化するわけに行かず、この位置になった)。

その『ラジオデイズ』が催している落語会に、相互リンク先から毎月10名を抽選で招待しているとのことで、週俳がその抽選にみごと当たったというわけなのだ。嬉しい。

本来なら、週俳読者からに希望者を募るべき筋合いのものだが、残念ながら日数にその余裕はなかった。落語会の日時はすぐそこまで迫っていた。そこで、「役得」として私が出かけても糾弾は受けないだろうと都合よく解釈。ひとりではなんなので、俳句業界随一(と断定)の落語通・落語ファンたる齋藤朝比古さんをお誘いした。

早速の返信メールには「おお、柳亭市馬。いいですなぁ。ご相伴に預かりたく」と、さすが、なんだか噺家っぽい。

その夜が来た。会場は東京・四ッ谷駅近くの「コア石響」。こぢんまりした会場で落語会が始まった。演目と演者は次のとおり。

道 灌   三遊亭王楽
親子酒   桂平治
締め込み  柳亭市馬
 (中入)
目黒の秋刀魚 柳亭市馬
お血脈    桂平治

いやあ、堪能いたしました。終わると9時半。それでは食事でも、と雨の降り出すなかを四ッ谷駅方面に戻る。



朝比古(以下、):市馬、やっぱりいいなあ。

天気(以下、):ほんと良かった。いいものを見せてもらいました。平治はまた対照的な芸風で、市馬と平治の組み合わせは、なかなかでした。市馬ははじめて聞いたのですが、昔からこんなにいい噺家?

:ここ数年ですね。もとから上手だったんですけど地味だったんですよ。でも、この数年、いいですね。

:落語はいまテレビでかからない。朝比古さんは足を運んで聴きに行っているわけですね?

:独演会や二人会といった、いわゆるホール落語。それから寄席。鈴本演芸場(東京・上野)、浅草演芸ホール(東京・浅草)、新宿末廣亭(東京・新宿)、池袋演芸場(東京・池袋)。

:きょうは、客席50~60といったところ。

:すごく贅沢でしたね。ちょっとした御座敷くらいの人数。湯島に黒門亭(*1)という小屋があって、そこは座敷。毎週末、真打ちが4人出て、1000円と安い。基本的にはネタおろしを演るんです。練れていない噺も出る。

:落語は、どのくらいから聴いてるんですか?

:ほんとに好きになったのは高校生のとき。大学に入ったら、落研に入ろうと思ってたんですよ。でも、入学してみると落研がなくて。

:贔屓だった落語家は、やはり(古今亭)志ん朝ですよね。朝比古さんの「朝」は、志ん朝の「朝」を貰ったというくらいだから。

:ええ。志ん朝ですねえ。それから(立川)談志です。当時ね、フジテレビの深夜に「落語のピン」という番組があって、それにハマりましたね。談志がトリ。あとは(春風亭)小朝とか当時の若手。1年もたずに終わっちゃいましたけど。それから(春風亭)柳朝は、ぎりぎり間に合わなくて伝聞や録画。その3人と(三遊亭)圓楽とで「四天王」だったわけですが、圓楽は私、いまひとつだった。後半は(月の家)圓鏡(現八代目橘家圓蔵)が柳朝に替わって割って入ってきちゃって……。

:私は、朝比古さんとは世代がすこし違うから、(桂)文楽、(三遊亭)圓生は見ている。といってもテレビですが。それと関西だったから、桂米朝、笑福亭松鶴、桂小文枝(現文枝)、桂春団治(三代目)。

:ああ、関西はそうですね。私は、圓生はぎりぎりかな。亡くなったのが中学生のとき。たしかパンダと同じ日で(*2)、新聞にパンダの死亡記事は一面にデカデカと載って、圓生のは小さかったという…。それがけっこう落語でネタになってますよ。

:ああ、なるほど。パンダに負けたと(笑)。


落語と俳句をつなぐもの

:そこで落語と俳句なんですが、むりやり「週刊俳句」向けに持っていく(笑)。共通点は?

:まず、師匠と弟子という関係。これが同じですよね。

:なるほど。朝比古さんだと「炎環」所属だから、石寒太さんの弟子。

:誰か「小寒太」という俳号でやんないかな、とかね(笑)

:跡目争いが起きませんか?(笑)

:どうでしょう。

:俳句で、それやるとおもしろいけど、ややこしい。四代目高浜虚子とかね。

:季節感を大事にするという点も、共通してますよね。

:きょう聞いた「目黒の秋刀魚」は典型ですね。お殿様は「紅葉狩」に行くし。「親子酒」はやはり寒くなってくる頃がいい。

:それと、制約のなかでやってるという点も、似てる。落語は同じ噺をどうやるかで、噺家の技量や個性が問われる。俳句も、同じ季語を使って詠んだりするわけだから。

:決まり事を守りながら、どんな芸を見せるか、ということですね。

:俳句は、根本は「芸」だと思ってる。100パーセント「芸」とは言いませんが、「芸」がないと、俳句はつまんない。

:俳人は「芸風」で語られることになる。

:「作風」という言い方もいいけど、「芸風」で語る俳句もあっていいと思いますね。

:作風と芸風は、同じことのようにも思える。私なども、「作風」というと恥ずかしいので、「芸風」と言ってしまう。

:その感じ、わかりますよ。「作風」と言われるのは、すごくうれしい。でも、自分で言うのはこっぱずかしいから、「芸風」と。

:芸風は、変わりますか? 朝比古さんは芸風が変わらないふうにも見える。

:頑なかもしれない。

:でも、最近、別路線、別の芸風を試しているのかな、と思える句がある。

:そうですか。自分ではわかんないですね。自分では変えてるつもりはない。

同じ種子からジャングルへ

:落語も俳句もつくりごとですよね。ところが、そのおもしろさと思うのは、例えば物語や小説を味わうのとは、すこし違う。落語の場合、噺の筋は知ったうえで聞いてるわけですから。なにか細部の感触みたいななものを体感している。古典落語を聞くとき、べつに時代劇を聞いてるわけじゃない。噺のなかで展開されていることに、噺の設定を超えたリアリティがあるから、おもしろい。

:なんだろうな。なにか琴線に触れるんですよね。琴線の深さとか幅だとかは人によって違うけど、芯のところがあるんだと思うんです。日本人という括りはしないけど、芯というか種子というか、そこから、こう広がっているような。

:共通の種子?

:ええ。そこから、わーっとジャングルのように広がって、いろいろなかたちになっているというイメージかな。

:それは俳句にも言える?

:ええ。芯とか種子という部分では、みんな同じものを持っている。

:じゃあ、例えば、金子兜太、夏石番矢、同じ結社の田島健一さん、例は誰でもいいんです、朝比古さんの作風、いや芸風か、それとはまったく違う芸風の句を並べたとします。どれも同じ芯、同じ種子を持っている?

:同じ。だと思いたいんです。

:ふうん。そうなんだ?

:どこかに飛んでいって、そこから生えてきた木は、別のかたちをしているかもしれないけど、種子は同じ。まあ、まったく同じじゃないかもしれないけど、まったく別物でもない。

:おもしろい譬えですね。どんな俳句も芯の部分は共通というところ、私もそう思う。

:別の言い方をすれば、種子のどこをくすぐれば、どんな芽が出るのか。そのくすぐる場所が違うのかもしれない。

:なるほど。くすぐられるのは、客であり、読者。読者のもっている種を、どうくすぐってくれるかが落語家の芸風、俳人の芸風。それだと、木は、受け手のなかに育つことになる。

:イメージですけどね。

:さっきジャングルとおっしゃいましたが、俳句が、きれいに整地された農地では退屈だと思ってるんです。ジャングルのほうがおもしろい。いろんなものが生えている。わけのわからない虫や爬虫類もいる。ジャングルだから、それこそ「俳句ゲリラ」がいてもいい(笑)。殺虫剤で虫を殺し、除草剤で雑草を刈るという行為って、どーなの?という…。

:ジャングルは、いい空気を出しますから。酸素を出しますからね。ジャングルのそばに、刈り込まれた庭があって、鉢植えが置いてあるというのも、またいい。

:そうそう。

:ボクは有季俳句ですけど、無季の句をいいと思うこともあるし。ただ、自分じゃ作れないだけで。

:読むときは、懐広く、というのは、私も同じですね。

:頭ごなしに、こういう句はダメ、という人がいるじゃないですか?

:「有季定型」以外は俳句じゃない、とか? 「俳句」と呼ぶな、違う名称を付けろ、とか?

:そう。そういう人も、いていい、と思うんです。でも、自分はそういう人になりたくないな、と思う。

:存在は認める。存在を認めないとなると、そう言ってる人と同じになっちゃいますもんね。

:ただ、すげえこと言うなあ、いまだにこんなこと言う人いるんだ、とかは思いますけどね。


「ふら」のある芸人

:落語の話題に戻しましょうか。せっかく、いい噺、いい芸を観てきたんですから。落語家にはそれぞれ芸風がありますよね。

:「ふら」って言うんですけどね。説明がつかないような、その人のもっているおもしろさ、おかしさ。「ふら」のある芸人、という言い方をするんです。例えば、このあいだ(2007年9月)父親の跡を継いで(林家)木久蔵を襲名した林家きくおは、ヘタクソなんだけど、「ふら」がある。(林家)三平(初代)の長男、正蔵(9代目。前名林家こぶ平)は「ふら」があるんです。二代目三平を襲名する林家いっ平は、ちょっと…という感じ。

:個性とは違う?

:ちょっと違う。もって生まれた感じ。生地や血統もある。東京下町生まれだとか、落語家を父にもつ、とか。まあ、見ているこちらの思い込みの部分もあるんでしょうが。

:田舎育ちはハンデ?

:市馬は大分県出身で、もともとの「ふら」がないほう。努力の人ですよね。

:その場合の東京というのは、深川の人が「東京の中心は深川に決まってるだろうが!」といった世界ですね。あるいは、深川と日本橋、どっちが中心かでケンカしてるみたいな?

:そうそう。

:「サバービア俳句」が、世田谷に昔トンボが飛んでて、というのと、ずいぶん違う東京だ(笑)。

:違いますね。

:その「ふら」というのは、カタギっぽくないとう要素も?

:それもありますね。

:カタギっぽいって、ダメですよね?

:ダメです。

:ネクタイしたほうがいいんじゃないの?という噺家は、いくら巧くてもダメ。

:芸人として愛すべき存在というか…。飲む打つ買う、やっちゃって失敗してるけど、稽古もしないで巧くもないけど、こいつは「ふら」があるからいい、といった感じ。関西でいえば、松鶴なんかは若い頃「ふら」があったんじゃないですか。

:なるほど。米朝なんかは、逆に…。

:「ふら」がなかったかもしれない。

:だから、巧くなるしかなかったとか。

:そうかもしれないですね。

:「ふら」とは別に、いわゆるキャラというのも、あるようですね。噺家によって、向き不向きがある。例えば、きょうの演目、市馬と平治で入れ替えてみる、つまり、平治が「目黒の秋刀魚」をできるんだろうか、と思ってしまう。

:シュッとした品の良いお殿様はできないでしょうね。

:その点、市馬のお殿様は抜群。逆に、市馬の「親子酒」はどうなるんだろう、と。

:あんまり良くないかもしれない。市馬も平治も、噺としては、もちろんできるでしょうけど、違うお殿様、違う親子になってしまうでしょうね。

:平治の脂っこい熱演もよかったですが、やはり市馬。びっくりしました。噺の懐が深いというか、むりに笑いをとりに来ない。こっちはゆったり噺に入っていける。それからじわっと来る。ということで、今日の結論は?

:はい。市馬は、これからも注目ということで。



(*1)黒門亭 http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Kuromontei.aspx
(*2)圓生は1979年9月3日没。上野動物園のパンダ、ランラン(蘭蘭) はその翌日9月4日、妊娠中に死亡。

画像リンク(クリックすると画像が見えます) 
古今亭志ん朝
立川談志
春風亭小朝
春風亭柳朝
三遊亭圓楽
月の家圓鏡
桂文楽
三遊亭圓生
桂米朝
笑福亭松鶴
桂小文枝
桂春団治
林家木久蔵・林家きくお
林家三平
林家こぶ平
林家いっ平


参考サイト----------------------------------------------------------------

ラジオデイズ http://www.radiodays.jp/
「文芸の街」「話芸の街」「対話の街」に分かれ、音声コンテンツが用意されている(常時更新)。希望のコンテンツが購入でき、無料の試聴コンテンツもある。このサイトを知ったとき、早速『高橋源一郎×東京ファイティングキッズ「果たして文学は何処へ行くのか」第一回』を試聴した。おもしろいのなんのって。

柳亭市馬 公式サイト
http://www.page.sannet.ne.jp/kazzp/rakugo.htm

桂平治 平さんがゆく!
http://homepage3.nifty.com/katuraheiji/rakugo/

三遊亭王楽 さんゆうていおうらくのはじめてのブログ
http://ouraku.cocolog-nifty.com/blog/


4 comments:

匿名 さんのコメント...

ううう、あたしも市馬ききたかったよぉ〜〜。
俳人にも「ふら」のある人多いですよね。
あ、といってもごく近隣しか知らないから
一般論ではなく。

匿名 さんのコメント...

市馬は相撲甚句やかっぽれが実に良いですね。たしかにふらがねえけどね。
(私は落語家ではありません)

匿名 さんのコメント...

gororinさん、志ん八さん、どうもです。

私は市馬の「寝床」を聞いてみたい!と思いました。

wh さんのコメント...

この日の演目4つ、「ラジオデイズ」のサイトで試聴・購入ができるようになっています。↓

http://www.radiodays.jp/category/index/3