2007-11-04

気管支から肺へ 佐藤文香

気管支から肺へ ……佐藤文香



晴れた朝を一人で歩き、車がやっと一台通れるその道で、北側の蜜柑畑からのスプリンクラーを少し浴び、生きる幸せを自らの呼吸の内に見出すように、湿度を保ちながらも澄んでいる気体を肺に取り入れる感覚が、落選展の俳句を読んでいて、「きた」。長い眠りから覚めた気がする。嬉しい。



岡田由季「仮眠室」より

ロマンチストかたちのままに煮る蕪

蕪が俄然、姫のごとくに感ぜられる。菜箸が鍋の縁を遊ぶ。煮る湯もきっとコトコトと、ままごとみたいな音を立てているのだろう。


山田露結「輪転」より

秋風と口の間にハーモニカ

四角く穴の並ぶ冷たい金属を行き来して呼気は。かすれたり強くなったりして音は。肌に髪に唇に触れる秋風は。秋なのである。


上田信治「そとばこ」より

花きやべつ配電盤が家のそと

私生活の近くで生きる花きやべつと配電盤。しかし我々は後者を、努めて気にかけようとしない。あの箱の中は、楽しいのかも知れない。


さいばら天気「愛書家」より

ゆふぐれが見知らぬ蟹を連れてくる

蟹はゆふぐれが連れてきた、ゆふぐれはどこから来たのか。浜辺に波のあと。海草のひっかかった流木。それらの影。蟹に影。ゆふぐれは、そして去る。


「雰囲気」という言葉を解体して、雰 囲 気 ……そんなものを最近の私は愛する。対象を取り巻く、目に見えぬ「何か」。それを描き出すには、技術に加えて、愛しいとか懐かしいとか、気管支が一瞬冷えて徐々にあたたまるような気分が必要なのではないか、と考えつつ。


津川絵理子「ねぐら」より

秋草に音楽祭の椅子を足す

いずれその場を満たす音楽と人々を、受けとめる秋草は露けく色づいている。加わった椅子の足並が他からずれていたりして、そんなことを音楽は愛しやすい。



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