2008-03-02

【週俳2月の俳句を読む】 羽田野 令

【週俳2月の俳句を読む】
ガラスの向うの無音の世界
羽田野 令


空を飛ぶものしずかなり室の花   宮嶋梓帆

ものが何なのか。飛行機か飛行船、それとも子供の手を離れた風船、あるいは鳥なのか、何なのか分からないが窓の外が見えて、冬日が差込む部屋に居る作者。葬儀のために実家に帰ってきたことが詠まれている一連の最後にあって、葬儀の諸々のことがふっとガラスの向うの無音の世界と重なるようでもあるのだろう。亡くなった人を含めて何もかもが現実とは隔絶したものになってゆくような虚無感が飛ぶもののしずかさを見ている目にある。

この連作は映像として浮かんできて、短編映画のような味わいがあった。冠婚葬祭の中のおしゃべりな家族もわかるし、マフラーをしたお坊さんも効いている。



桃咲くや骨光り合う土の中   神野紗希

決して見えないものを見ている。人間にしろ動物にしろ、生きていたものの体の一部だったものが地中にあり光り合っているという不思議な光景。そういう土の中が描かれることで、地上の桃のがより生々しく感じられる。

安吾の桜の下の死体がこれの延長線上にあるのかもしれないが、桜の爛漫とはまた違う。桃は、空へ向かって伸びる枝に沿って縦に並んで花がつくから、何本もの木がある林でも疎らである。桃の木自体よりも桃という言葉からの方が大きいかもしれない。



すばらしき世界の果てへ消防車   さいばら天気

赤子の目、そう思った。何も知らなくて初めて消防車が走るのを見た子は、きっとこう思うだろう。道を走っている車を全て脇へ寄らせて、信号も何も無視して、サイレンを鳴らしてすっ飛ばしてゆくのだから。色も真っ赤で、他にあんな車は見たことがない、どこへゆくんだろう、どんな素晴らしい世界へ向かってるんだろうと。

私たちは知り過ぎているから、見えないことが多くある。なかなか身についてしまったものをふるい落として見ることは難しい。消防車の先にあるものを知っているから、なかなかこうは書けないのである。




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