2008-03-09

【週俳2月の俳句を読む】 鈴木茂雄

【週俳2月の俳句を読む】
「晩年」ってどんな「味」なんだろう
鈴木茂雄


いまの俳句はどうなっているのだろう。そう思い立ってインターネットで検索する人が今後ますます増えるに違いない。今回はそういう思いでこの『週刊俳句』に掲載された「2月の俳句」を読んでみることにした。いまの俳句はどうなっているのか。いま「写生」はどうなっているのか。いまの俳句は風景をどう描いているのか。昔から変わらない人の思いというものをいまの俳句はどう表現しているのか。現在ただいまの俳句へのアプローチを試みようというのだが、それは、俳句という言語空間に分け入り、俳句が伝えようとする意味からではなく、コトバが構築しようとするイメージからリアルな像としてつかみ出そうとする試みに他ならない。

  花種を夢の番人より貰ふ 金子敦(句集『砂糖壺』本阿弥書店刊)

俳句は作るものではなく授かるものだということを、わたしは俳人・金子敦(この夏、第3句集『冬夕焼』ふらんす堂から刊行の予定)のこの作品から教わった。俳句という詩形はコトバを引き出してくれる。引き出したコトバに「いま」を語らせてくれる。その俳句を知るということは、作者が授かった作品から「花種」のような俳句の根源をつかみ出して、よく見えなかった俳句をくっきりと形ある像として立ち上がるようにすることだと思う。

わたしの目にまず飛び込んで来たのは神野紗希という若い俳人の名前だった。わたしが神野紗希さんの名前をはじめて知ったのは、わたしが「海の見える俳句」を作るためにインターネットで海に関する俳句を検索しているときだった。

  ひきだしに海を映さぬサングラス 神野紗希

神野紗希の作品に出会えたのはたった一句だけであったが、なぜかこの一句をもって、神野紗希という人はいずれ俳人の一人として名を連ねるだろうという予感がした。わたしの予感に根拠などあるはずもないが、その予感の証としていまはHP作成ソフトの不具合で工事中のままになっている「現代俳句アンソロジー」に彼女の名(本ページの一番下)を記したことがある。もう数年も前のことである。奇しくもそのときからわたしの現代俳句の時間が止まったままだ。

それはさておき、プロフィールによると「NHKBS俳句王国の司会」を務めているとあるのに、その後、寡聞にしてその名を今年の1月まで聞くことがなかったのは、彼女のせいではなくひとえにわたしの怠慢によるものだった。今回、思いもよらず神野紗希の作品を読む機会を与えられ、「誰か聞く」10句を読んで即座に思ったのは、作者の年齢のことだった。この人は何歳になったのだろう、ということだった。わたしは一句と対峙するときは、つまり俳句を読むということは、五・七・五というリズムを基調とする十七音律の定型の枠の中で、一篇の詩を作り上げる目的をもって構築された言語空間に、季語、あるいは季語に取って代わるキーワードを内蔵した語句を中心に配列された言葉を読み解き、その言葉自体が喚起するイメージや、言葉とコトバの衝撃によって生じる、詩的スパークとでもいうべきポエジーを感じ取って追体験していくことであるから、作者の生い立ちや年齢など、資料・文献による理解は、俳句などの詩作品に限っていうなら、それらは二義的な問題だと、ふだん、そう思っているが、今回はなぜか作者の年齢が気になった。なぜなら、たった10句だけではあるが、ひさしぶりに目にしたその作品から受けた印象がずいぶんと老成した感じがしたからである。


いきいきと一本の木や冬の川  神野紗希「誰か聞く」

俳句にあまり馴染みのない人がこの作品を読んだとしよう。まず「いきいきと」が目に入る。すると、この「一本の木」から思い浮かぶのは「いきいきと」した常緑樹の木だろう。「冬の川」に沿って立つ一本の青々とした常緑樹が思い浮かぶのではないだろうか。一方、俳句に詳しい人が読んだ場合はどうだろう。一読、まず上句「いきいきと」でいきなり躓いてしまうのではないか。なぜそこで躓くのか。それは「いきいき」という副詞によって幾多の先行俳句(「手品師の指いきいきと地下の街  西東三鬼」「いきいきと三月生まる雲の奥 飯田龍太」「いきいきと死んでゐるなり水中花 櫂未知子」「いきいきと死んでをるなり兜虫 奥坂まや」「台風や四肢いきいきと雨合羽 草間時彦」「いきいきと水の出てゆく茸山  柿本多映」など)を思い浮かべてしまうからだある。純粋に一句を鑑賞する以前に比較してしまうからである。先行句と比較しつつ中句「一本の木や」に至ってはじめてこの「木」は、落ち葉し尽くした「一本の木」であることがわかってくる。切字「や」のおかげである。しかも「いきいき」という副詞がそこではじめて生かされていることもわかるのだ。そして「冬の川」を前にした一本の裸木は、冬の常緑樹より「いきいきと」しているということが、リアルな像として読者の眼前に立ち上がるのである。


革ジャン光る街灯の下過ぎるたび  神野紗希

この句の主人公「私」はオートバイに乗っている。「革ジャン光る」は、一人で乗っているのならハンドルを持つ自分の腕の部分、二人で乗っているのなら前でハンドルを握っている男の肩のあたりを描写したものということになる。上句の字余りに街の喧騒感が、「街灯の下過ぎるたび」という表現に街を疾駆するオートバイのスピード感がよく出ている。「革ジャン」が質感をともなったリアルな像として描かれているのは、「革ジャン光る」と上の句が饒舌な分、下の句で「過ぎるたび」と、押さえるところはピシッと押さえているからである。


海に降る霰の音を誰か聞く  神野紗希

「誰か聞く」は、この10句作品のタイトルになっているから作者にとって感慨深いものがあると思われるが、「海に降る霰の音」はまず人の耳に聞こえるはずがない。聞こえるはずがないものを「誰か聞く」と言われると、たしかに聞こえるような気がしてくるから不思議である。言霊の魔術だ。つぶやくように口から出た言葉は、まるで呪文のようだ。描かれた風景としての「海」もまた修辞的残像のように脳裏に冷たく浮かぶ。作者の「いま」の心象風景だろうか。


懐手広場は何も育まず  神野紗希

「広場」について考えてみる。「何も育まず」と作者が言う、その広場とは本来何かを育むところではなかったか。異文化・異業種の交差点、男と女が出会う場所、老人も若者も集うところ。「広場」というとわたしはそんなイメージを抱いていたが、この作品はそんなイメージを一変させる。作者はその「広場」で「懐手」をする人を見た。見たというより発見してしまったのだ。その発見によって「広場は何も育まず」という思いを抱いたのである。では、なぜ「何も育まず」という思いを抱いたのか。「懐手」とは和服の胸元に両手を突っ込み腕組みをする仕草をいうのだが、「競馬見る終に懐手を解かず 西村和子」この句に見られるように現代俳句でも和服でなければならないようだから、揚句の作者もやはり着物姿の人を発見したのだろう。懐手をしている人物と広場の図式。「懐手人に見られて歩き出す 香西照雄」この句のように、上掲句の作者もまた「懐手」は負のイメージとして捉えたのだ。「懐手」をしていては何も始まらないだろうと。しかし、もしこの「懐手」が作者自身のものだったら、この「懐手」はあきらかに思索していて、「広場は何も」と言いながら、自分は何かを育もうという強い意志さえ感じられる。「懐手すれば日向のあらはるる 清水径子」。


桃咲くや骨光り合う土の中  神野紗希

一読、梶井基次郎の短編小説『「櫻の樹の下には』の中の「櫻の樹の下には死體が埋まってゐる!」という一節が思い浮かぶ。「これは信じていいことなんだよ。なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。」と散文詩のように綴るくだりが思い浮かんでくる。揚句は櫻ではなく「桃」であるところがさらに「骨」と響き合っている。たわわに実った「桃」(この句の場合は花であるが、桃の実をも彷彿させている)のエロスと、「骨」のタナトス。咲き誇る「桃」の花の木のその下には「骨」と「骨」が「光り合う」のが視えるというのだ。写生から極めて遠い観念的な俳句だが、詩人には見えないものを視えるのだから仕方がない。


風船を膨らませたる手の匂い  神野紗希

「風船」には紙風船とゴム風船とがあるが、この作品の「風船」はゴムフーセンのことだ。それもヘリウムガスで膨らませるものではなく、人が息を吹き入れて膨らませるフーセンのことである。下の句にたどり着いてはじめてそのことがわかる仕掛けになっている。「手の匂い」がそうだ。風船を膨らませるために、最初はゴムを指先でつまみ、だんだん膨らんでくると、両手をひろげ風船を手で挟むようにして持って息を吹き入れる。「手の匂い」とは、膨らませたあと手に付いたゴムの匂いことである。まるで夢をも膨らませるようなイメージが伴なう「風船」から、カメラ・アングルは一転して物の「匂い」のする自分の「手」という現実の世界へ。しかも、香りのイメージをもった「匂い」という表記を使っているが、手に付いたゴムのニオイはけっしていいと臭いとはいえない。その「匂い」の付いた「手」をクローズアップした作品。言い換えれば手を描写しただけ。作者がその「手」に語らせているのは、春のアンニュイだろう。

断るまでもないが、「風船」というコトバは俳句では春の季語。「風船が乗つて電車のドア閉まる 今井千鶴子」「眠る子の手よりふはりとゴム風船 原村明子」等の微笑ましいものから「置きどころなくて風船持ち歩く 中村苑子」「風船に縛られてゐる手首かな 平松岐枝」等のアンニュイを彷彿とさせる作品まで枚挙にいとまがないが、神野紗希さんの句はたんに春の倦怠とはまた違った感覚を表出したものだろう。「膨らませたる手」を見つめる自分をもう一人の自分が見つめている、そんな構図を思わせるものがこの一句から窺えるのは、膨らませなくていいものを膨らませてしまった作者の後悔の念のようなものが伝わってくるからである。そのことがわかった人はこの作品の半分は理解できたことになる。


五感とはうるさきものや蝌蚪に脚  神野紗希

「五感とはうるさきもの」と言っているから、この作品は春のアンニュイを詠んだものに違いない。「癇に障る」などというが、感覚の鋭い人にとっては、ときに、なんでもかんでも「うるさきもの」と思うことがあるのだろう。それはまるで「蝌蚪に脚」、つまり、あのおたまじゃくしに手や足がニョキニョキと生えてくるような疎ましさなのかも知れない。日に日に伸びていくからなおさらだ。つるんとまるいおたまじゃくしのようなさっぱりとした状態でいたいのに、他人には見えないものが視え、聞こえないものが聞こえ、そして肌に纏わりつくこのネバネバした触感はいったいなんなのだろうと、すべてがうっとおしく感じる春の倦怠感。切字「や」は、ああ、そんな「五感」などいっそのことなくなってしまえばいいのに、と思う作者のこころの叫び。その感覚を作者は「蝌蚪に脚」と季語に託して表現したのである。

菠薐草に晩年の味ありぬ  神野紗希

10句を通読して作者の年齢が気になったと冒頭でも言ったが、もう一度読み直してみると、それはこの「晩年」という文字のせいだったのかも知れない。わたしが30代や40代のときでさえ、はたして「晩年」という言葉を意識したかどうかすっかり忘れてしまったが、この作者は20代ですでに「晩年」のことを意識していると言う。「菠薐草」を口にしたときにふと思ったのだろうか、「晩年」ってどんな「味」なんだろうと。いやそうではないだろう。自分の「晩年」のことを考えていて、たまたま、いま口にしている「菠薐草」の「味」にふとそう思ったのではないか。案外こんな味なのかも、と。そこで一句を授かる。「晩年の味ありぬ」と。作者が口にしたのは同じホウレン草料理でもバター炒めではなく、おひたしの方である。向田邦子のドラマを彷彿とさせる一句に仕上がっていて、どことなく懐かしい。


羨まし兄の居ること燕には  神野紗希

少女はことに「兄」の存在を望むものらしい。この作者も少女のころはその「兄の居る」友達を羨望の目で眺めていたのだろうか。この作品は「燕」の声にふと見上げたビルの庇に燕の巣を見つけた折の感慨を詠んだものだろう。「羨まし/兄の居ること/燕には」と意識上にあがってきたコトバをそのまま連ねたような作品だが、むろんこの一句にもちゃんと推敲の跡が見て取れる。上句の「羨まし」は修辞的倒置、しかも、この「うらやまし」は口語表現と思われる。「燕」の巣作りを見つけた作者が、やがてそこから燕の子がにぎやかに口を開けて顔をのぞかせるであろう光景を思い浮かべたのである。その折、ふと思った。「兄の居ること」と。言外に兄弟が多いこともまた「羨まし」と思っているのは言うまでもないだろう。つぶやきが俳句になったような作品だ。なぜこの句の主人公はそう思ったのか。俳句という未完の短編小説の続きを書くのは読者に託されている。それが俳句という詩形なのだ。

やはり現代俳句は多種多様でした。他に印象に残った作品、というより、感想を書かせていただくつもりでピックアップしていた作品です。作品に敬意を表して掲出しておきます。

冬帽の大きすぎたる記憶かな  宮嶋梓帆
マフラーの僧と仲良くしておりぬ  同
鷹鳩と化すや嫌はれてもいいや  矢口 晃
蛇出でて前髪が気に入つてゐる  同
あのひとの思はぬ威勢歌かるた  中嶋憲武
外套をこんなところで羽織るとは  同
人生とつぶやく毛皮娘かな  さいばら天気
すうどんに葱をぶちまけ結婚す  同



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