2008-09-07

中山宙虫 虹は見えない

〔週俳8月の俳句を読む〕
中山宙虫
虹は見えない



空耳と空の間に秋の虹   山田露結

昭和40年。
僕はまだ中学生。
九州の田舎の町で、毎日4kmの道のりをてくてくと通学していた。
この中学時代は、不思議なことにほとんど記憶がない。
自分が何を考え、どんなことを毎日していたのか。
いくら考えてもきちんとした思い出がないのだ。
今でも、帰郷した折は、必ずこの通学路の一部を通るのだが。
それはただの道で、そこに僕の足跡は何も残っていない。
中学校は、町のはずれにあって、当時はまだ木造校舎だった。
学校の中がどうなっていたか。
卒業後、中学校には立ち寄ったことがない。
何度か前を通ることがあるのだが、「ここが僕の母校。」と言える感慨はない。
そんななか、ただひとつ強烈な思い出があることに気づいた。
3年のときの教室だったように思う。
その教室からは、いつも杉林とそのうえに広がる青空を眺めながら、机に向かっていた。
ほんとうの青空が見えていた気がする。
現代のように、連日30度を超えることはなく、盆を過ぎればそれなりに涼しくなっていた時代だ。
夏休みが終わって、僕らはそんな青空を見ながら机に向かっていた。
風の音。
確かに聞こえていた。
冷房がなくても充分に涼しくなっていた教室だ。
それからしばらくしてあることが皆の話題になりだした。
朝から、ずっと聞こえているものがある。
それがもう数日続いていた。
なにやらか細いが動物の鳴き声のようだ。
やがて、皆の耳はその声に集中するようになっていた。
誰かが「猫」の声だと気づいた。
それも子猫のような。
どうも窓の外から聞こえてくる。
僕らの教室は一階だったので、窓の外は当然地面だが。
誰もその姿を見ていない。
声がすると、皆で外をのぞくのだが、誰も見つけられない。
そのうち、教室の中では「化け猫」ではなどと気味悪い話まで飛び出していた。
よその教室からも話を聞きつけてやってくるものまでいた。
やがて、その声も何日かすると聞こえなくなって。
僕らは秋の体育祭に向かってその練習などをやっていた。
あの声は、実際に聞こえていたのか。
集団幻聴では?
その話題も青空のもとの体育祭の練習でへたりながらの毎日でだんだん消えていっていた。
しかし、この話はそれでは終わらなかった。
教室中が大騒ぎになったのだ。
悪臭がする。
それもどんどんきつくなってくる。
練習で外に出ているときには何も感じないのだが。
教室のなかでにおうのだ。
気づいた二日目には、皆、教室にいることができない状態になった。
あるひとりが気づいた。
「ここだ!」
そのにおいは、窓の下の板壁からする。
外から確認しても同じ位置がにおう。
僕らの騒動は頂点に達した。
誰がはがしたのかはわからないが、その板壁ははがされた。
そして、その教室側と外壁の隙間に腐乱した子猫の死体があったのだ。

この話を、30年後の中学校の同窓会でしたことがある。
覚えていたものは少なかった。
僕の強烈なこの思い出は、当時教室にいた皆の共通の思い出ではなかったのだ。
空耳で終わっていたら、たぶん僕の記憶には残らなかった事件。
さらに、ただぼんやり仰いでいた空の記憶もよみがえらなかったのかもしれない。
その空に溶け込むことのなかった子猫の死。
年を重ねるにつれてこの話は具体的に思い出している。
僕はその記憶に虹は見なかったが、他人事のような空の青さが記憶になっている。
板壁という具体的な境ではなく、子猫の死とその青空の距離は大きかった。
年齢を重ねるごとにこの思い出には「真っ青な秋の空」が強烈な背景になっているのだ。


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