〔週俳9月の俳句を読む〕菊田一平
タイトル考 …光って立つ言葉 〔後篇〕
池田澄子「よし分った」
よし分った君はつくつく法師である
池田澄子さんのタイトル命名句の「よし分かった」は可笑しい。聞く方は「なんでそんなにむきになるんだろう」と思い、言う方は「こんな簡単なことがどうして分かんないんだ」といらだつ。そのかみ合わなかったものが氷解した。「分かった」と納得するまでには相当の紆余曲折があったはずだ。「よし分かった」と肯く聞き手もさることながら、「やっと納得してもらった」とほっとするもう一方の安堵の表情が手に取るよう伝わってくる。
我が身に置き換えると、30年間のサラリーマン生活で「よし分かった」と太っ腹で理解力のある上司が欲しいと何度思ったことか・・・。「よし分ったきみはつくつく法師である」。いいなあ、この頼もしさ。いやこの作りのシンプルさ。耳に心地よく、一読で記憶してしまった。
命知らずね底紅の底の蟻
沢たまきさんはまだご存命なのだろうか。ラジオの深夜放送で「ベッドでたばこを吸わないで」をはじめて聴いたときはしびれた。ささやくようなハスキーな声で「髪をほどいた首すじに なぜか煙がくすぐったいわ ベッドでたばこを・・・」とけだるそうに唄うのを聴きながら、「煙がくすぐったい」とはすごい、これがおとなの恋なんだ、と覚えたばかりのたばこをたてつづけにふかしては感心した。8本も吸ったものだから、ハイライトの煙がもやっと部屋中にこもり、ついには頭がふらふらして蒲団に突っ伏したまま記憶を失った。高校2年のときだった。
「命知らずね」の句はTVの「プレイガール」のオネエ役だった沢たまきさんを思い出させる。戸川昌子、緑魔子、桑原幸子、范文雀、大信田礼子、宮園純子など、いずれおとらぬ恋のテクニシャンの頂点にいて、酸いも甘いも噛み分けた存在の確かさをかもし出していた。
さて、掲句。中七から句またがりでつづく「底紅の底の蟻」の表記がいかにも澄子さんが微笑みながら「其処(そこ)の蟻」と呼びかけているようにも読めてユーモラス。それにしても「命知らず」ね、とくすぐるようにささやきかける目線の高さが悩ましい。池田澄子は俳壇の沢たまきか?「底紅」の「紅」の赤さが効いている。
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武井清子「笹山」
笹山は露に埋れてゐたりけり
笹山といわれてすぐに思い出すのは、小石川後楽園の笹山だ。後楽園は、園内に梅林や菖蒲田、藤棚、蓮池を配した回遊式築山泉水庭園で田んぼまである。入口を入ってすぐ左の蓮池の奥の築山が笹山。中国の慮山に似ていることから儒者の林羅山が「小慮山」と銘々したらしい。笹山とはいっても生えているのは豊後笹(ブンゴザサ)という日本独特の小型の竹らしく、高さが1~2mぐらいにしかならない。酉の市のときにお多福の面や紙の小判を吊るしたので阿亀笹(オカメザサ)ともいうらしい。
後楽園にいくたび、春夏秋冬の蓮池の向うのこの笹山を詠みたいと何度も挑戦してきたがなかなかまとまらないでいた。武井さんの「笹山」は「露」と取り合わせただけのいたってシンプルなつくり。花札の一枚に加えたいようなすっきりした仕立てが好もしい。
地にふれて草にしづみて秋の蝶
「て」「て」の繰り返しで「地にふれ」「草にしづみ」、また「地にふれ」「草にしづみ」する蝶のありようを巧みにすくいとっている。よく漫画家の佃公彦さんが蝶の飛翔の軌跡を点線を使って表現するけれど、まさに俳句版「蝶の飛翔の軌跡」。「秋の蝶」の「秋」が動かない。
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さいばら天気「チェ・ゲバラ」
つばめむかしへ帰るチェ・ゲバラの忌
学生時代はまさに大学紛争の真っ只中にあった。授業料の値上げ反対、沖縄返還、ベトナム戦争反対。そこここに立て看板が立ち並び、拡声器のひび割れたアジ演説の声が建物に反響して構内に満ちていた。授業はたびたび集会に変わり、ついにはセクトに建物が占領されて休講が3ヶ月にも4ヶ月にも渡った。卒業式もなし。事務室に各自が卒業証書を取りにいくだけの事務手続きで大学を卒業した。
渡邉クンはサイダー壜の底のような厚い丸眼鏡をかけ、いつも紺の人民服を着て紺の人民帽をかぶっていた。肩掛けのカバンから手ずれした資本論を取り出し、一字一字鉛筆で消しながら読んでいた。高橋クンはクラスでつくった野球チームで唯一の甲子園経験者だった。甲子園経験者だという割には守備のときの腰が高く、サードに飛んだ打球をたびたびトンネルするので口の悪い安部クンは、「スタンドから声上げていただけだろう」としばしば揶揄していた。
チェ・ゲバラは1928年6月14日にアルゼンチンで生まれた。本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。ブエノスアイレス大学の医学生のときラテンアメリカを放浪してラテンアメリカの貧困打破の意識に目覚め、フィデル・カストロとともにキューバ革命の立役者になる。「チェ」は、呼びかけのことばの「ねぇ君」の意。1967年10月9日にボリビアで死んでいる。
天気さんの「つばめむかしへ帰る」を一読したとき、上五から中七への入りかたが唐突とも思えて戸惑った。ところがくり返し読んでいくと、この武骨とも思える唐突さがあたかもきりきりとゼンマイを巻きしぼるように記憶を過去の一点に収斂させていく役割を果たしているように思えてきた。
大学を卒業して30年以上が経つ。最後に高橋クンと会ったのがいつだったか全く記憶にない。渡邉クンもそうだ。消息も聞こえてこない。けれども高橋クンの着ていたTシャツがチェ・ゲバラのポートレートだったことを今でもまぶしく覚えている。
アンメルツヨコヨコ銀河から微風
いいなあこの爽快感。アンメルツの横向きに進化した容器の球の先からにじみ出る爽やかな液体。この句を読んでいるだけで疲れがとれていきそう。銀河からの微風が心地いい。
■ 桑原三郎 ポスターに雨 10句 →読む■ 中村十朗 家に帰ろう 10句 →読む■ 池田澄子 よし分った 10句 →読む■ 武井清子 笹山 10句 →読む■ さいばら天気 チェ・ゲバラ 10句 →読む
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