2009-05-03

マラソン・デビュー 後篇 lugar comum

帰宅ラン・スペシャル
マラソン・デビュー 後篇

lugar comum



●当日 霞ヶ浦

朝5時前に起きて、6時前にカミさんと家を出る。二子玉川から6時5分発の東武線直通の電車に座って、うとうとしながら北千住。7時発の常磐線快速に乗り換えて、唖然…。列車は通勤ラッシュのような超満員です。でも、同じぎゅうぎゅう詰めでも、朝の通勤車両とはどこか、様子が違う。これ、乗客の平均体脂肪率、たぶん10%台前半かも。ほぼ全員がジャージ姿のマラソン出場選手たちだもの。

揺られること1時間、7時57分に土浦駅到着。ドアの外に、皆と一緒に雪崩出る。どうやら、スタート2時間前のこの時間帯は混雑の大ピークだったらしいです。ホームから階段、改札に至るまで、ランナーの群れ、また群れ。もまれながらの牛歩で進み、ようやくコンコースの外へでることができました。

すべてが、これまでいくつか出場したハーフの大会とは、ケタ違いの風景です。「かすみがうらマラソン」が、東京マラソン、長野マラソンに次いで国内第3位の人気マンモスレースであることを、実感。

人波に押されるまま10分ほど歩いて、大会会場の川口運動公園に入ります。プログラムをもらうテント、男女別の着替えテント、手荷物預けテントのどれもが行列。これらをやっと済ませて、ようやく、かみさんと、走友たちとの待ち合わせ場所にたどり着いたら、もう9時前。

あいさつもそこそこに、急いでカステラの箱を取り出します。マラソン兵糧としては、「おにぎり」派、「もち」派などがメジャーですが、うちの走友グループは圧倒的に「カステラ派」。しかも、ブランドは福沙屋を指定。これを恵方巻きの要領で、ゴール方面を向いて一本丸ごと食べるという作法。さすがに一本はムリなので、かみさんと半分ずつ。…旨! ザラメがいいね。ペロッと食べちゃった。

次は、レース前最大の難関、トイレ問題です。会場の各所には、仮設トイレの列がズラッと並んでいるけれど、どこもそれぞれ百人単位の行列です。

一瞬、途方に暮れる。でも、先にアップを済ませとこう、とジョグって会場を出たら、はずれに首尾よく空いた公衆トイレを発見。ついてました。…それでも、戻ってみれば、すでにスタート30分前。急いで、かたちだけのストレッチをして、スポーツドリンクを一口。最後にもう一包、胃薬を飲んで、スタートゲートの方へ向います。

マラソンのスタートゲートは、まず先頭にゼッケン違いの招待選手・陸連選手のエリアがあって、あとは、その後ろに目標タイム順に並びます。ただし自己申告なので、テキトー。どうみても「?」な、ファンラン仕様のおっさんが、「3時間以内」プラカードのエリアに入ってます。我々も、舗道の植え込みの隙間から、なんとか要領よくその中に潜り込みました。この時点でスタートまで、あと5分。

極度の緊張で、頭痛と胃痛はマックスです。ウォッチなどをいじっていたら、前方で号砲。まだ心の準備が…。でも、出走者全員が打ち鳴らす拍手の津波を聞きながら、じっと待ちます。自分のいるあたりが動きだすまでに1分。ジョギングペースでスタートして、ゲートを潜ったのはさらに1分後。でも、都合2分のスタートロスは、上出来。あとは、前の人について、押したり押されたいしないよう気をつけて、大通りへと進んでいきます。

かすみがうらマラソンと言っても、湖畔を走るわけじゃありません。前半から折り返し点を過ぎた辺りまでは、湖すらほとんど見えない市街地や田畑の間を行きます。広い道なので走り易いけど、道中は、田舎の街道だったり、殺風景な工場用地の国道だったりして、けっこう単調な風景。でも、若干の起伏があって、スピード管理は難しい。後半は、一転して湖沿いの平坦な道のり。ただし、湖畔道路ではなく、内に入った狭い民家路地を進むので湖畔が望めるのは、実は、行程のほんの一部。あ、大丈夫。多分、その頃は、景色どころじゃないから、と、皆に脅かされました。

2K経過。広い国道に入りました。相変わらず道幅一杯の走者。全体が、キロ5分程度のペースで進んでいます。「無理に追い抜かないで、雰囲気になれるまで、アップ代わりに、このまま行きましょう」と振り向いて話しかけたのは、大ベテランの走友。故障含みの彼は、私と、もうひとりの先輩ランナーのためのペースメイクを買って出てくれたのです。二人の後ろについて、沿道のファンファーレや、鼓笛隊やチアガール、獅子舞いなどを見やり、緊張を解きながら、進みます。

給水は、5Kを過ぎてから、2.5K毎にコンスタントに設置されています。最初の5Kから、両手で取って、アタマからかぶります。早くも暑さで、頭頂部から湯気。結局、その後の全ての給水所で水分は欠かさず取りました。

5Kを過ぎてから、じゃっかん人がばらけ始めたので、予定のペース、キロ4分40~45秒に上げていきます。序盤なので、まだ、無理は感じません。沿道に、応援の人たちが出始めています。おばあちゃんの声援に手をふり、子供たちの列にハイタッチ。少しずつ、気持ちが躁に移っていくのがわかります。この時点で、予感の通り、頭痛と腹痛のことは、すっかり忘れさっていました。

10K、15Kの看板を、想定どおりのペースでパス。ゆるやかな勾配がつづき、下り坂では、気持ちよく足が伸びます。前をいくパートナーを抜いて、うっかり前へ出てしまいました。20Kを通過。田舎の風景が続く。梢から鶯、用水路からがま蛙の鳴き声。ときおり牛舎の匂いなども吸い込みながら、でも、ピッチのキープに集中します。

そろそろ、沿道の顔が、気になります。自分には、ここまでの前半を引っ張ってくれる恰好のモチベーションがありました。旧い友人夫婦が、中間地点あたりに応援に来ているはずなのです。

両サイドの沿道を見やりながら、走ります。これだけの人数が走っているから、沿道から走者を見分けるのはムリでしょうが、皆の顔がこっちを向いているので、走者から沿道の顔はよーく見えます。

21.1K、中間地点のラインを通過して、切り通しに入りました。おや、おかしいな? 見つからない。やがて長い下り坂に入り、この先、右側へと鉤状に急カーブしているのが見えます。風を受け、下っていると、自然とペースが上がります。急カーブの先に、いくつかの応援グループがいるのが見える。…いた、発見! ふたりに向って、遠くから手をふります。笑顔と声。一瞬のことで、あっと言う間に通りすぎてしまいましたが、体内に何かが出てきます。しばらくの間、苦痛を忘れて、快調に進みます。

後ろから、猛スピードで追ってきた先輩ランナーに引きとめられました。「このままいっちゃう? ガマンしません?」。ふたたび、グループに入って、うしろにつきます。よかった、明らかにペースオーバーだったらしい。

25K。予定のラップに落ち着きます。コースは、いつの間にか、湖畔と平行に、民家の軒先をすすむ細道に入っていました。道沿いに住む人たちが、梅干や人形焼や蜜柑、氷などをふるまって応援しています。ああ、これが「かすみがうら」名物の私設エイドですね。おばあちゃんの手から、梅干をいただきました。カステラの効果でここまでもちましたが、そろそろ空腹感が。ここで、カーボショッツもひとつ。

ちょっと、足がおかしいか? とくに、両足の脹脛が。先に下肢にきちゃうのは、悪い兆候で、どこかバランスが崩れた証拠。腕振りで大腿部を持ち上げるフォームに矯正しますが、でも、確実に、足にキはじめている。まあ、しょうがない、当たり前です、このペース走でこの距離自体、練習でもやったことありませんから。ところが、それでも、ペースは上がり気味になってしまう。これは、前方を走っていたけど、明らかにペースが落ち始めたランナーたちが、両脇に多数出始め、勝手に追いついてしまうことを、自分の調子がいいと錯覚してしまうから、らしい。「抜きにかかるのは、35K過ぎからにしましょう」と、後ろから声が飛びます。

30K。いよいよ、ここから未知の距離。でも、まだ、きっかり目標通りのペースに、自分でも驚きました。これ、ひとりではゼッタイできない。神業のようなペースメイカーのおかげです。そろそろ、例のヤツが来ても、おかしくはないのに、まだ大丈夫。いつもの仲間と走っていると、あまり特別な感じがないのです。

33Kあたりでしょうか、うしろから、「このまま行きましょう、もう大丈夫ですよ!」と声がかかりました。しばらくして、後ろを振り向いたら、彼の姿がありません。あとで聞いたら、故障箇所に限界がきて、黙って失速したらしい。ああ、ここまでありがとう。あとは、前をいくもうひとりの先輩ランナーを追っかけます。

35K。まだペースが落ちない。前の先輩が振り返って、「もう3.5は決まりましたよ、間違いない」と。たしかに足には大分きちゃってるけど、このまま行って、スパートできれば、もしや、3.5どころかサブ200? あと7Kちょっと。いつもなら、なんでもない距離です。景気づけに、最後のカーボショッツを飲んでおく。

でもね、はは、そうはいきませんでした。37K過ぎに、「あとゴールまで5K」の大きなバーナーがあって、ちょうどそれを過ぎたときでした。フルの「壁」が、、ちゃんと私にもやってきました。…これまでの道のりも、足は痛いし、横腹も痛い、背中もパンパンで、何とか一歩一歩足を進ませては来たけれど、今度のは、もう「走る」という状態を拒むというか、両足が、何か別の、重いセメント詰めになったような、そんな感覚。すると同時に、忘れていた頭痛とか胃痛が襲ってきて、視界も朦朧と。ああ、なるほど、こういうことね。こりゃあ、つらいわ…。

みるみる、ペースが落ちるのが判ります。前を行く友人は、もう追えません。そこから先の距離表示の長いこと長いこと。1Kは、体感的には遥か5K以上。100Mが1Kくらいの感覚か。アタマも空っぽで、廃人状態に。あとは、なんとなく、一歩一歩進むだけ。(実際、この部分のタイムをあとで見たら、思ったほどの落ち込みはありませんでした。不思議です)

「あと1キロ」の表示が見えました。「足、なんとかもって…」と祈りながら、這い進みます。で、ちょっとした勾配があって、そこでうっかり右足を踏み込んでしまいました。

右足の大腿裏から、脹脛、アキレスに至るまでが、同時に痙攣しました。こんなことは初めてだったので、自分でも驚いて、左右のランナーまで巻き込みそうになりながら、ガードレールに崩れ込んだときは、ヘンですけど、苦笑してました。(なんだ…ここでリタイアですか、ギャグみたい…)

お尻のポケットから漢方薬の袋を取り出します。走友のひとりに教えてもらった、ケイレンが一発で止まるという特効薬。はは、ウソでしょ、でもお守り代わりに、と、ひとつだけポケットの奥に入れておいたヤツ。藁にもすがる気持ちで、震える手で袋を破いたら、顆粒が地面にこぼれるこぼれる、それでも残ったヤツを飲み下して、立ち上がってみる。けど無理無理、また激痛。そうだよね、そんな、効くわけがない。でも、もう一度落ち着いてストレッチしてみると。さっきまでねじ曲がって、激痛にまみれていた右足 が、嘘のように元通りに…。(ホントの話です)

慌ててコースに復帰して、あとはもう、片輪がパンクしたぽんこつ自動車のようなフォームで、文字通り の「あえぎ走」。あんまり覚えていませんが、どうやらゴールを切った模様。先にゴールしていた友人の笑顔に迎えられると、柄にも無く、込み上げるものがありました。

ひと休みして、かみさんを、ゴール間近の沿道で待ちます。思ったよりも、随分早く、姿が見えました。悲壮感に満ちた私とは違い、「足にきちゃったわよー」と、不敵な笑みを浮かべつつゴールへと向います。あとで聞けば、トイレトラブルと右足の膝痛勃発で、最後の10Kが大幅に遅れたらしい。でも、目標のサブ4.5どころか、サブ4にも手が届きそうな4時間9分。

以下は、私の最終結果。

スタートロス 01:54
00-05K 24:58
05-10K 23:49
10-15K 23:43
15-20K 23:49
20-25K 23:43
25-30K 23:44
30-35K 23:45
35-40K 24:15
40-ゴール 11:45

プライベートタイム 03:23:40 (オフィシャルタイム 03:25:36)

中間地点で見てくれた旧友夫妻も、ゴール会場に回って来てくれました。改めての、記念写真。そのあと、ゆっくり着替えて、カミさんと家路につきました。まったく言うことを利かない足を引きずりながら、休み休み電車を乗り継いで、夕方6時過ぎ、二子玉川着。長い長い一日が、終わりました。

当初目標のサブ3.5を、出来すぎのタイムで達成することができました。助けてくれた全ての走友と、かすみがせきの沿道に大感謝。

[4月の累計走行距離: 174.60 km]


●1日後 蟹歩き

腰から下、足が全部、筋肉痛。

よちよち歩き。階段は、まともに降りられず、横向きの蟹歩行。

…かみさんも同じだったらしい。

でも、同じ大会に出た友人女性(サブフォー完走)は、昨日の参加賞Tシャツをさっそく着て、今日8キロの調整ランに出たらしい。

…。

( 了 )

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