2009-12-27

林田紀音夫全句集拾読 098 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
098




野口 裕





ぶつかって孤独な群集引く波ばかり

昭和三十六年、未発表句。雑踏の中で、ちょっとした接触に遭遇した。その後、接触場所を避けるように人の流れが動いてゆく。時は、昭和三十五年の日米安保条約成立後。同頁の、「皮革生温く反乱が海を渡る」、「月明の飛行血を点じ或いは消し」(昭和三十七年、「風」発表句)、「上流で川ひたむきな古戦場」、「軍靴の紐切れず裸の並木迫る」などを読むと、安保闘争にもかかわらず戦争の影を断ち切れなかったことを悔いているかのように受け取れる。「引く波」は、そうした暗示かもしれない。

星を嵌めて青く拡散した逃亡

昭和三十六年、未発表句。昭和三十七年、「十七音詩」発表、及び第二句集収録の「青い蟹となるぼくら爪がないために」の先行形か。もちろん、「いつか星空屈葬の他は許されず」との関連も考えられる。

 

沖へ気泡流れ生きつづける搬送

昭和三十七年、未発表句。同年、「風」発表句は、「沖へ気泡の流れ生きつづける搬送」となる。同頁の「終日人に預けた顔が鏡へ返る」が、「風」では「終日人に預けた顔が鏡に返る」、と微妙な変化を遂げる発表句があるかと思えば、「平面を伴う水の冬も終る」は「風」発表句もそのままと、良く見比べなければならない句が散見される。そのたびに、頁を繰り直すのでペースが上がらないこと、はなはだしい。

昭和二十年代の未発表句から並んでいればもっと面白かったかもしれないが、それは無理な注文だろう。

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