2010-01-10

〔週俳12月の俳句を読む〕小林鮎美 痒いところに手が

〔週俳12月の俳句を読む〕
小林鮎美

痒いところに手が




金屏風ひかりの腐蝕しつつあり   さいばら天気

そう、まさに腐りつつある感じなのだ、金屏風の発するひかりは。

ぱっと読んで「あぁ!そうそう!!」って感じになる俳句がある。「あるある」系の共感とはまた別の、無意識に把握・分類などをしていたことを、言葉で言い表されたときの感動。別に痒くなかったのに、痒いところに手が届いたような気持ち。人間って結構鈍いのか、言葉で認識していないと認識していることにならないっぽいところがある。少女漫画とかでもありますよね、
「ユキちゃん、シンイチ君のこと好きでしょ」
「えっ、そんなことないよ!」(あ、今まで意識したことなかったけど、そういえば……)(ドキドキ)
みたいな場面。そして一度意識(認識)してしまうと前の状態にはもどれない。

今回「腐食」と言い当てられてしまったから、私はこれから金屏風を見る度に、その言葉で認識し続けるのだろう。まるで刷込みのようだ。教育も終えて、大人になってからでも、こうやって新たに世界に対する認識を増やせるのが、認識する瞬間の感動のようなものを味わえるのが、なんだか嬉しい。



イヤホンのコードのごとく血の垂るる   山口優夢

前の句が「くちびるの皮剥けば血や空つ風」だから、これは自分が流血している状況なのだろうか。他人が血を垂らしている状況でもいける比喩だと思う。ただ、結構長く流血してることになるけど。
まるで感触が甦るかのように、血の垂れている感触を想像できる。いや、多分覚えていないだけで私もイヤホンのコードのように血を垂らしたことがあるのだ。そう思ってしまう。
この発見は、私の中になかったものだが、金屏風の句のようにきっとこの先、たらーんって感じで流血したら、「おぉ、イヤホンのコードのように垂れている」とか流血しつつ思うんだろう。

先々月、杉並区に引っ越した。新居のある地域は、東京タワーからの電波が、新宿の高層ビル群に阻まれて届きにくいらしい。入居と同時に契約したケーブルテレビの人がそう説明してくれたとき、福永耕二の「新宿ははるかなる墓碑鳥渡る」という句が頭に浮かんだ。
自宅周辺の暗い路地などを歩くとき、自分は今墓碑の影にいるのだ、などと思いつつ暮らしている。少し楽しい。



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