2010-01-10

商店街放浪記26 大阪九条 ナインモール商店街、キララ九条商店街 〔中篇〕 小池康生

商店街放浪記26
大阪九条 ナインモール商店街、キララ九条商店街 〔中篇〕

小池康生


明治の後半から栄えはじめた九条新道商店街、その全盛期には―――、
芝居小屋が二館、寄席が三館、映画館が四館、それに松島遊郭・・・西の心斎橋と言われ、潮風匂い、大阪港に沈む大きな夕陽に照らされる町は、賑わいに賑わったのだ。
往時を思い浮かべながら、商店街をうろつく。

昔の面影はないが、産業のすたれた大阪西部にあって、商店街は健闘している。
たこ焼き屋のおやじさんは、すっかり商店街はさびれてしもたと言っていたが、現代の商店街事情からいえば、まだまだ頑張っている。
ただ、いい時代を知っている人にとっては、さびしい限りなのだろう。

関西のベッドタウン<三田>に住む筆ペンさんに言わせると、
「この時間、三田なら空いている店を探す方がむつかしい」
とキララ九条商店街の賑わいに感心している。

今回の路地裏荒縄会として一つ目の目的は、安治川トンネルをくぐること。
泥の河の<底>を歩くなんて、わたしとしてはとても劇的。
寂れ、廃れ、荒涼としていると言うと、近隣の人たちに大変失礼になるが、エレベーター近くの道路は、トラックがびゅんびゅんと行きかい、ハードボイルドな映画の撮影にぴったりな感じがする。
映画『ブラックレイン』の松田優作とマイケルダグラスを安治川の底の隧道の中ですれ違わせたい。

今回の荒縄のもうひとつのテーマは、<白雪温酒場>で飲むことであった。
安治川隧道を行き来した後、腹の減ったメンバーと、再び店を覗く。
満席のままである。そりゃそうだ。ついさっき、覗いたばかりではないか。
こういうところで待つのもみっともない。諦めよう。

諦めて、別の店を探すことになったが、わたしは内心諦めていなかった。
近々・・・年内にはきっと・・・・と、心に決め,年季の入ったのれんを撮影する。珍しくデジカメを持参していた。

画になるのれんなのである。
紺色ののれんには、富士の稜線が描かれ、冠雪が白く染められている。
その簡略化された山の下に、<温>、<酒>、<雪>の文字が染め抜かれている。どれだけの風雪にさらされてきたのれんなのだろう。

その後、ナインモール商店街まで戻り、遅れてきたペーパーさんと合流し、鍋の<小川下>に入った。オガワシタではない。<小川下>と書いて<こかげ>。
草鍋の店である。草鍋とは、お店の人によると、
「草しか入ってないから」
いや、豚肉も入っているのだが、店の人は、
「ほとんど草やから」
ふんだんに野菜が入っていると言わないのだ。
通常、鍋の店は、鍋と材料が別々に運んでくるが、この店は最初から鍋に盛り込んで運んでくる。鍋の中に野菜が山を成している。

さきほどの<白雪温酒場>ののれんと言い、山つながりである。
映像でシーンを繋ぐとすると、白雪温酒場ののれんの中の富士山のアップとオーバーラップして、この山なりの草鍋のアップ。そして、このテーブルを囲む5人の荒縄メンバー。

突き出しが、大きな盆に載せられて運ばれてくる。
好きなものを取れとのことだ。
出し巻き、白菜の炊いたやつ、それからなんだったけかな。忘れた。
今日の原稿はいい加減でいこう。そういう気分だ。

山なりの鍋の写真を撮っておく。
店内の写真も撮りたいが、他の客もいるので躊躇う。
民芸風のいい雰囲気。わたしたちは切り株のような丸いテーブルを5人で囲んでいる。

メンバーを確認すると、歴史的建造物を正確な縮小版のペーパークラフトにする<ペーパーさん>、大阪港の居酒屋で引っこ抜いたティシュペーパーに俳句をしたためた<筆ペンさん>。
赤レンガの建築物を調べ歩き一冊の本にした<赤れんがさん>。そして、ペーパーさんと筆ペンさんの会社の後輩が、今回参加している。ニックネームをつけねば、原稿がはかどらない。

荒縄のメンバーに急遽メールでニックネームを募集したところ、赤レンガさんから「九条DX」という案がでた。
九条にある某劇場の名前である。わたしたちは街歩きの際に、この劇場の前も歩き、「デラックス」と付いていることにエラク感動したのだ。

このとき、ガタイのいい新参加者は、「デラックス、デラックス」と連呼していた。それが、赤れんがさんの中に残っているらしい。
素晴らしい。これに決定だ。荒縄会新人のニックネームは、<九条DXさん>としよう。いいなぁ。いい。九条の回から参加したことも永遠に記録される。本望だろう。後輩なのに、<DX>まで付いて。得だなあ。

イジメだろうか。いや、違う。九条デラックスは、確かストリップで初めてSMを取り込んだ劇場ではなかっただろうか。わたしの記憶に間違いがなければ、ネーミングにSMチックな気分があっても歴史的流れとしては、おかしくはないのだ。・・・なんのこっちゃ。

基(もとい)。
草鍋が煮えてきた。

煮えてくると、山となった野菜が崩され、食べごろとなる。
鍋のなかの出汁を掬い、そこにテーブルの醤油を落とす。

草鍋と言いながら、中には豚肉も入っている。
みなモリモリ食べる。すでに8時をだいぶ回っている。腹ペコなのだ。夕方、たこ焼きとビールをいただいたわたしには少し店内を見回す余裕がある。

ビールを飲み、熱燗を頼み、おおいに呑む。<九条DXさん>が、まめにビールを注いでくれる。うまい。
熱燗を頼むと、店主が、山椒の実をもってきてくれた。サービスらしい。

店にメニューはないから鍋の値段はわからなかったが、結論から言うと相当安い。ビールと酒を相当に呑み・・・・えーと、幾らだったろう・・・忘れた。
まぁ、いいや。こんなこともある。今日は、だから、いい加減でいこう。
割り勘の値段は、「通常より安い」と感じたのだ。

草鍋を食い、酒を飲み、その夜の話題は、写真だった。
さきほど、客のいる店内の撮影に躊躇ったが、写真を撮るときのそういう、わだかまり、うしろめたさみたいなものが話題になっていた。

いい話だったことは覚えているが、内容を詳しく覚えていない。
ただ、断片的なメモは残っている。
料理の値段などは、一切メモっていなかったが、当日作った目もあてられない句と、写真に関する皆の発言の断片だけが句帳にメモられていた。

断片をそのまま記すと‐‐‐‐‐。
<写真はその時、その場のもの>
<まわりは不愉快>
<撮る側の“理由”が、まわりの不愉快さを乗り越える>
<理由がないと撮れない>
<撮る理由が見つけられない>
<答えが見つけられない>
<コラって言われたら、ごめんなさい>
<コラって言われなければOKなの?>
<写真を撮る理由、大きくふたつ。「記録」「研究」(比較するため)>
<写真の特性>
<“今”でなくてもいい写真も多い>
<きれいだから撮りました、これが一番いい理由>

食べながら、酔いながらの断片のメモ。脈絡などない。読者にはまったく意味をなさないだろうし、わたしもよくわからない。しかし、考えてみるべき問題があることは分かる。今後、この断片をわたしなりにつなぎたい。

街歩きを続け、<建物>や<人>や<店>や<料理>を撮影する際につきまとう問題だ。撮ることの背後にあるひっかかり。これを整理し、自分のなかにオリジナルなルールブックを持ちたい。

あー、今回も結構長くなった。<後篇>のつもりだったが、<中篇>にしておこう。後篇には、年末、白雪温酒場を訪れたところまでを書きたい。
もう長すぎる。きょうはこれまで。

冴ゆる夜のこゝろの底にふるゝもの   久保田万太郎

                             (続く)

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