2010-04-25

〔新撰21の一句〕神野紗希の一句  松本てふこ

〔新撰21の一句〕
神野紗希の一句

みたされないで……松本てふこ


淋しさやサルノコシカケ二つある 神野紗希

神野紗希の俳句は、淋しさから生まれる。蔦のように愛しい人に絡まりたいというこころ、象舎の外にも世界があると知らない象に寄せるこころ、つちふまずを思うとき、日記に書いた虹のことを忘れてしまったこと…句の表情はどれも違うのだが、彼女の一句を読んでさあ次の句、という時に感じる、刺すような微かな痛みは共通している。

ここもまた誰かの故郷氷水

自分はよく知らない町、それまで存在を知らなかったくらいかもしれない、そんな町で氷水を食べる。氷水の、ざらりとつめたい食感、懐かしく鮮やかな色彩。店の外を眺めていて、懐かしそうな瞳で町を歩く人を見かけた。この町を故郷と思い暮らしてきた人が確かにいたことを、彼女は知る。そして、彼女は彼らの望郷の念を完全に共有することはできない、ということも。

私はどうしてあなたじゃないのだろう、どうしてあなたと別の身体を持って生まれてきてしまったのだろう、と思いを募らせた句もある。冒頭に掲げた一句はその代表的なものといえよう。サルノコシカケが二つある。それだけの景に彼女はこだわる。どうして二つなんだろう、どうして一つじゃないんだろう。どうして、どうして、どうして。

彼女のきわめて根源的な問いは、いつしか自身と他者との関係に及び、「淋しさ」という自身の核心を捉える。かくして、神野紗希の今回の百句の中で、もっとも愚直に「淋しさ」と向き合った一句が生まれたのだ。

彼女について何か書こうと思った時に、ふと思い出した少女マンガのモノローグがある。

私には大好きな
友人がいるけど、

一緒に 騒いでて
楽しいときでも

なんでか
ひとりになりたくて
いたたまれなくなって、
そのとき(引用者註:屋上に)行くんです。

きっと みんなは
埋めらんない さみしさを、不安を
彼氏とか彼女で
いっぱいにしようとするんでしょうね。

満たされた気分って
どんなだろう

想像できない

---------- ジョージ朝倉『恋文日和』1巻(講談社コミックス別フレ)より

神野紗希には、ずっと満たされないでいてほしい。



編集部:本記事は、先週号掲載の「新撰21の20人を読む 第6回」(山口優夢)よりも先に編集部に入稿されていました。掲載順が逆になったことを、松本・山口両氏におわびいたします(上田)。




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