2010-06-06

【週俳5月の俳句を読む】小林苑を

【週俳5月の俳句を読む】
ドラマな五月ではないか ……小林苑を


蒲の穂のつぎつぎ光り陣痛来  柴田千晶

陣痛ってどういうものだったっけなと思い、そうそうこんな感じだと得心する。あれは波だ。波が押し寄せて、引いて、また押し寄せて、まなうらの光がどんどん濃く強くなる。この濁音の多い重ったるさ。十句に共通するちらちら感。この人は自分の身体が、つまりは生が、鬱陶しいんだろう。この句には、そんな厄介を突き抜けてしまう速度があって、その生を生み出すという素材も含め、なんとも神話的に仕上がっている。



母と行き父と戻りし遠花火   
西澤みず季

行きは母で帰りは父のストーリーを組み立てずにはいられない仕立てな上に、背景には遠花火。ずいぶんとドラマチックな句だ。親に連れられている年頃、幼子であろう。子をその父に託して、母はどこへ消えちゃったんだろう。よく考えれば、たまたまそうなっただけかもしれないし、老母と老父だってよいはずが、俳句は瞬時に感じ取るものがすべて。エッと思ったら、この句に取り込まれているのだ。



先生を泣かせてしまひ牛蛙  
榎本 享

泣くくらいだから、若い女の先生。小学生が先生を困らせる。あーあ、先生泣いちゃったよ。泣かせて「しまひ」だから、まずいな、ゴメンという気持ちがあるわけで、微笑ましい。この句も、たとえば恩師が回顧話などで泣いたのだととってもいいのだが、いやいや「牛蛙」ですから、これは男の子の仕業でしょう。きっと素敵な、可愛い先生で。きもちのよい自然の残る風景の中での出来事なんです。



春山の姉は小さな光食べ  
渡辺誠一郎

一読したときこの句が全然わからなかった。わからないが魅力的だ。そもそもわからな句って魅力的だったりする。(わからない句がいつも魅力的だとは言ってませんから、念のため)。「春山の」で一寸切れる。春山と姉はほとんどイコールで、その姉が「小さな」光を食べている。明と暗の、どっちが姉で、どっちが妹かと考えたら、姉というのは存在自体が暗いのだ。その「暗」たる姉が柔らかく発光しはじめる。


柴田千晶 ダブルベッド 10句 ≫読む
西澤みず季 遠花火 10句 ≫ 読む
榎本 享  緑 雨 10句 ≫読む
渡辺誠一郎 二輪草 10句 ≫読む
渋川京子 遠きてのひら 10句 ≫読む

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