2011-03-06

〔週俳2月の俳句を読む〕三木基史

〔週俳2月の俳句を読む〕
声を聞かせて
三木基史


最近気になることがあって、宮嶋梓帆という俳人の作品を見かけなくなった。知り合いでも何でもないのだが、ときどき目にする作品にとても魅力を感じていたので少し寂しい。影響力のある週俳でごく個人的なことをツイートしてみたりして。(笑)


◎高野ムツオ「寒鯉礼讃」

視点はあくまでも寒鯉という「物(近景)」から動かないが、思考はグングンと遠景へ馳せる。そんな魅力ある作品群の中でも次の3句は特に興味深かった。

寒鯉の頭上うっとり鴨の脚

寒鯉の眼の玉だけで生きている

寒鯉の頭を星空へ突き出しぬ


◎生駒大祐「雛」

どの作品も平明で且つ読者に心地よい印象を与えている。つまらない鑑賞文など書きたくないと思わせるほど、個人的には大好きな作風。作品のひとつひとつがキラキラしているではないか。

説明に両手をつかふ蕨餅

稲荷寿司出さるる春季保護者会

ねぢあやめそれが話を聞く態度か


◎山口優夢「リツイート希望」

ひとりつ子ひとりで潮干狩の準備  山口優夢

とても現代的な日常の一コマ。潮干狩をしている様子ではなく、その準備風景に着目したところが面白い。

つばくろは電波とすれちがふだらう  山口優夢

発想の豊かさもさることながら、電波を生き物のように読ませる技術が巧み。目に見えない電波の存在を感じながら街を歩いてみたいものだ。


◎西原天気「あめふらし

タクシーに滑り込みたるフェイクファー  西原天気

働く女性が帰宅する夜の景であっても、慌ただしい成人式の朝の景であっても楽しい。フェイクファーという言葉だけで当たり前のように大人の女性を連想してしまう。「失恋生活の四季」というサブタイトルも面白い。幾つになっても、ときめくような恋をしたい。


◎鴇田智哉「耳の林」

「耳の林」という言葉は造語なのだろうか。直感的に思い起こされたのは武田信玄の旗印「風林火山」の一節「徐かなること林の如く」である。

耳といふ肉が雑木のこゑを聞く

耳が肉だという実感はあまり無い。物質として肉であるということだけだ。けれども耳ほど肉体的に感覚が研ぎ澄まされている部位も少ない。風。雑木のざわめき。その場所に横たわる過去の物語までもが声となり、それを聞く作者自身もまた、紛れもなく肉の塊なのである。



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