2011-03-20

〔週俳2月の俳句を読む〕西原天気

〔週俳2月の俳句を読む〕
兎にも人にも
西原天気


俳句をやるまで「寒鯉」という語は知らなかった。いや、知ってはいても、自分の中にはなかった。鯉は鯉だろう? 寒鯉って何だよ?

俳句のやらない大多数の人の日常に「鯉」はいても、「寒鯉」はいない。つまり「寒鯉」は俳句用に誂えられた語という気がする。「寒鯉」は、俳句において頻繁に、かつ俳句的秩序の枠内で繰り返し使用されてきたと思って間違いはないだろう。そのうえで高野ムツオ「寒鯉礼賛」10句を読んだ。

巌より巌のごとし寒の鯉」「寒鯉の鰓より炎なせるもの」。このあたりの硬質の描写、それはそれとして、

  寒鯉の頭上うっとり鴨の脚  高野ムツオ「寒鯉礼賛」

  寒の鯉月光吸って太るなり  同

のあたりに漂う法悦感。

この寒鯉は、なんだかエバっているし、幸せそうだ。世界はこの寒鯉のためにあるかのようだ。私が知っている、エサを求めて口をパクパクさせながら人のそばに群がってくる奴らとはずいぶん様子が違う。

礼賛とは、その存在を「すばらしい」と誉め、もてはやすことだ。礼賛すれば、それは輝く。そうしてみれば、寒鯉に限らず、何かを俳句に詠むことは「礼賛」に通じる。詠むことでそれが輝けば、俳句の成功であり、ことばの成功なのだ。



兎にも人にも言えることだろうと思うが。

  簡単なことよ兎は生きている  神野紗希「簡単なこと」

「生きる」というシンプルなことの上に、海を見たり、本を読んだり、眠ったり、息をしたりといったことが乗っかっていると考えていた時期がある(「耳当やインスタントカメラで海を」「文字大き恐竜の本春の草」「夜の霜寝たかと問うて返事なし」「人に呼吸雛は桐の箱の中」)。

ところがそれは逆だと思うようになった。海を見たり、本を読んだり、となりで誰かが眠っていたり。そんなことをていねいに積み重ねた上に、「生きている」という「簡単なこと」が乗っかっている。

いろいろなことが億劫になって、もう邪魔くさいっ!と言ってぜんぶ端折ってしまうと、そのうち私(たち)は生きることをしなくなる。

億劫がっちゃいけないと思います。俳句にかかわることも、ていねいに積み重ねることのうちの一つかもしれません。


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