2011-04-10

〔週俳3月の俳句を読む〕瀬戸正洋 ひとつの出来事

〔週俳3月の俳句を読む〕
ひとつの出来事
瀬戸正洋


「週刊俳句」3月の俳句は、3月11日以前に作ったもの、以後に作ったものが発表されている。この大震災における津波の被害、原子力発電所の事故、帰宅難民程度の経験しかしていない僕が何かを言うことはおこがましいが、無力な僕らは助け合って生きるしかないのだろう。

ひとり1句を選び9句を鑑賞したい。時が経ち読み返してみて、この出来事を経験した僕自身の「無意識」を意識することができればと思う。


江ノ島の先はアメリカ日永し   淡海うたひ

水になったな人肌の雪女   金原まさ子

麗らかな窓辺に幾たびも余震
   今井宵子

噫、死児の頭上に千の太陽が
   九堂夜想

白湯好む留学生や春の月   
望月周

さつと醤油土筆煮詰めてゐる無言   
澤田和弥

ていねいにつまそぎ落としつまを抱く   
十月知人

花々の不浄や獣の眼は闇し
   園田源二郎

二・二六声変はりして失踪す   
赤間学


日が永くなったなと感じる。江ノ島から太平洋を眺めている。広々とした海。海の向こうにアメリカがあると気付いたことで、その爽快感は太平洋を越えた。これが感想。これで終りにすればいいのだがもう少し続ける。この作品は震災以前に発表されている。従って、これから書くことは蛇足である。事故の後、微量な科学物質は風に乗り世界中に飛び散った。自然界では国境など何の役にもたたない。国境とは不自然なものなのである。そんなことを考える時は、決まって負の出来事を経験した後なのだ。

寒いから「雪女」。人肌だから「水女」を通り越して「ぬるま湯女」になってしまった。固体から液体へ。「水になったな」という啖呵も面白いし、啖呵をきった作者も面白い。もっと面白いのはいったい何を言いたかったのかと考える時間を持てたということ。

「幾たびも余震」は実感である。津波が来なかったからこその「麗らかな窓辺」なのである。だが、「麗らかな窓辺」としたことで、作者は被災地に思いを馳せている。自分だけ助かったという罪悪感、何もできないという自己嫌悪、作者の複雑な心の動きが感じられる。

作者には死児が視えた。その頭上に「千の太陽」が視えた。「噫、」とは悲しみのため息だ。この作者は生活の中から「言葉」を拾い集めているような気がする。その言葉は時間の中で整理されていく。どんな作品が出来上がるのか自分でもわからない。わかっていたなら誰も創作などしないだろう。

「白湯好む」から清貧な真面目な留学生を思う。春の月が彼をやさしく守っている。

土筆を煮ている。醤油が足りないので注ぎ足す。たらたらと注ぎ足すのではなく、さっと入れるのである。「醤油」がいい。「無言」がいい。何故、無言なのかなどと考えるのもいい。

ていねいにそぎ落としているのは、つまの着物ではなくつまなのである。良くも悪くも、妻に対する作者自身の思いなのである。それをそぎ落としてから妻を抱くのである。俳人とは面倒くさい生き物なのである。

「花々」は不浄である。「花」は不浄ではないのか。「花々」に何を加えれば、何を取り除けば、不浄でなくなるのか。闇い獣の眼とは人間のことなのである。

「二・二六」からは、昭和11年を思い浮かべる。その時、声変わりした少年が失踪した。理由は判らない。この時代、日本人は、ひとつの方向に向かって歩き出した。大多数の人間がひとつの方向に歩き出す時、それが「賞賛」であろうと「批判」であろうと疑ってみることが必要であると言った詩人がいた。今が、その時なのかもしれない。

9人それぞれ一句ずつを選び1句目のように鑑賞するつもりでいたができなかった。鑑賞の内容を統一するために選句を変えることも考えたが止めた。既に十分不愉快だと言われるかもしれないが、書き加えることで更に不愉快な思いにさせたら申し訳ないし、自分がわからなくなってしまったためでもある。それほど大きな出来事であった。

あの日以来、誰もが本当のこと、本心を、隠すようになったと感じる。被災し、母親を亡くした少女が母親のことは一切言わず、笑顔で遊ぶ映像が流れていた。暫くは余計なことは考えず黙っていた方がいいのかもしれない。


第202号 2011年3月6日
淡海うたひ とことん 10句 ≫読む
第204号 2011年3月20日
金原まさ子 牛と葱 10句 ≫読む
今井肖子 祈り 10句 ≫読む
九堂夜想 レム 10句 ≫読む
第205号 2011年3月27日
望月 周 白湯 10句 ≫読む
投句作品
澤田和弥 土筆 ≫読む
十月知人 ふおんな春たち ≫読む
園田源二郎 日出国 ≫読む
赤間 学 春はあけぼの ≫読む

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