2011-05-08

【週俳4月の俳句を読む】大井さち子

【週俳4月の俳句を読む】
世界に何があろうと

大井さち子



むにーっと猫がほほえむシャボン玉  福田若之

猫は笑うことがあるのだろうか。
私などは特に猫好きというわけでもないので猫の顔の見分けすら出来ない。
まあ、犬や他の動物も同じことが言えるが。

「不思議の国のアリス」に、
猫は消えたけれどにやにや笑いが残ったというような記述があったように思うが
ここでの猫は単純な笑いではなく微笑むのだからまた素敵だ。
シャボン玉がゆらゆらと揺れながら膨らんでそこに映った猫の貌が歪んだのか、
単純に、微笑む猫のそばにシャボン玉が飛んでいったのか、
むにーっの適度な重量感が心地よい。


僕らは世界に振り回されるけど春の青空  福田若之

村上春樹的舌足らずのような過剰表現のような言いさしのような句。
そうだ、世界に何があろうと、今ここに春の空がある。
混乱の幾日かを過ごした後のふいにわれに返った瞬間。
頭上に春の青空があることを喜びたい。
そしてその喜びを分かち合いたいのだ、僕らは。


ヒヤシンスしあわせがどうしても要る  福田若之

駄々っ子のように言い募るフレーズ。
「しあわせがどうしても要る」
地団駄踏んで叫んで、うつむいてしんみりつぶやいて・・・
ひとりひとりが幸せになれば、しあわせはどんどん広がって行く。
心に夜明けをもたらすような、強く切実な一句である。


海市まで雲を連れゆく汽笛かな  矢野玲奈

海市とは晩春の海岸で、遠くの景色や船が浮かんで見える現象だが
この季節の、恋を待つ気分にも似た感傷がドラマチックな連想を呼ぶ。

「海市より戻る途中の舟に遭ふ 柿本多映」
戻るものがあればこれから向かうものもある。
海市行きの船が出るのだ。いや999のような列車でもいい。
音を持たない海市に向かって汽笛を鳴らし、旅は始まる。
白く豊かな雲を連れて。
「海市からとしか思へぬ郵便物 仲寒蝉」
日常に戻ったある日、郵便受を覗いてみると
真っ白い封書がひとつ。
非日常は常に傍にあり、手を伸ばせばすぐに手に入る。
そこにある郵便物のように。

大らかでゆったりとした句。
読者をも包み込んで連れ去るような大きさがある。


第206号 2011年4月3日
ひらのこぼ 街暮れて 10句 ≫読む
天野小石 たまゆらに 10句 ≫読む
第208号 2011年4月17日
矢野玲奈 だらり 10句 ≫読む
福田若之 はるのあおぞら 10句 ≫読む
第209号 2011年4月24日
関根誠子 明るい夜 10句 ≫読む
羽田野 令 鍵 10句 ≫読む

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