〔週俳7月の俳句を読む〕
暗がりの誘惑
小久保佳世子
井戸覗くハンカチつよくにぎりしめ 三吉みどり
思えば井戸は暗部。水を湛えたそこはやや不気味、だからこそ覗きたくなる。覗けばおいでおいでと引き込まれそうで思わず握るハンカチ。
ハンカチ王子と呼ばれた高校野球のヒーローが居て、試合中に使うハンカチがその投手の清潔感の象徴として話題となった。ハンカチは清潔で文化的な市民にとって必携のもの。そのハンカチを井戸を覗きつつ強くにぎりしめた。ハンカチはその時、暗がりの誘惑をこちら側に繋ぎ止めて置く切実なものとなった。多分、御洒落なハンカチはくしゃくしゃになってしまって。
レコードの古き拍手や夜の秋 堀本裕樹
秋近き夜、ひとりレコードプレーヤーで音楽を聴く。シャンソンだろうか。ダミアそれともアズナブール?それは分らない。
ただこの句には聴衆の拍手だけが描かれ読者もその音に耳を澄ましたくなる。
「古き拍手」という措辞はそこに薄い膜を作る。かすれたような拍手音だ。古い写真をセピア色と例えるように、遠いような哀しいような聴衆の拍手の音も懐かしいセピア調だ。
食べられる否食べられぬ蝸牛 ゲルニカの巻 西原天気
手塚治の『鉄腕アトム』ゲルニカの巻を下敷きにした俳句なので、その文脈で読めたらもっとこの句を味わうことが出来るだろうに、残念ながら読んでいない。
それでも、この蝸牛は気になる。
この句の作者は蝸牛を前に逡巡する。こいつは「食べられるか食べられないか」。
エスカルゴだったら食べる。だからこの蝸牛はそう簡単な代物ではないだろう。
もしかして、この蝸牛は放射能入り?地を這う蝸牛は最もその影響を受けそうだ。
だから作者は「食べられぬ」と結論したのだ。
「食べられるか食べられないか」は最も今日的なテーマに違いない。
第219号 2011年7月3日
第221号 2011年7月17日
■大野道夫 明日へと我も 10句 ≫読む
■橋本 薫 人魚姫の花壇 10句 ≫読む
第222号 2011年7月24日
■三吉みどり 琉 金 10句 ≫読む
第223号 2011年7月31日
■堀本裕樹 浮 言 10句 ≫読む
ウラハイ
■西原天気 原子力 10句 ≫読む
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