2011-10-30

林田紀音夫全句集拾読188 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
188



野口 裕



昼酒に雨を流して屋根瓦
雨だれに石棺穿つ音まじる

昭和五十二年、未発表句。使用前、使用後のような二句が連続している。事実が前句、心象が後句なのだろう。ちょっと笑ってしまう。とは言えど、前句の上五中七の流れは、好み。

 

砂はせせらぎ夕ぐれのつねの鬱

昭和五十二年、未発表句。せせらぎは幻聴としての水音であり、時の流れでもあろう。「夕暮れ」、「常の鬱」とやると句が重くなりすぎる。漢字の配置が景と心象のバランスを取っている。

 

風の日の歌曲沈めて水鏡

昭和五十二年、未発表句。風の強い日に、風に気を取られながらぼんやりと水を眺めていた。水に映った景を眺めている内に、とある楽曲を思い出した。という風に話を補って鑑賞を書かなければ書きようのない句だが、雰囲気はわかる。水に沈めた歌曲は鎮魂歌だろう。

 
葉桜の日の矢に軋み鳩の翅

昭和五十二年、未発表句。きれいな有季定型句。「軋み」に日常の感慨を乗せる。


地下へ階降りて氷菓の棒残る

昭和五十二年、未発表句。例の「隅占めてうどんの箸を割り損ず」に連なる句。箸に物体感はないが、この氷菓の棒には物体感がある。ごったがえす大衆食堂の隅で箸に注ぐ視線は瞬間的なものだろうが、氷菓の棒に注ぐ視線は凝視に近いものがある。この差は、戦後すぐの時代の、今を生きねばならぬという時間感覚と、長い時間をよくも生き延びてきたという感慨にとらわれがちな、この時代の時間感覚の差に対応している。

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