水を飲む 生駒大祐
西原天気・撰
いにしへの梅がそつくり見える椅子ひぐまのこ梢を愛す愛しあふ
カーテンの波打ちぎはへ春の雪
ティーバツグ糸に茶の染む椿かな
川のある町のさびしき花菜風
花烏賊は若草山の向かうなり
古びては種より薄き種袋
手鏡に部屋を収めし春の雁
薔薇の芽やゴッホは耳を失ひき
薄雲の梳き取る春の日差かな
干潟その一切を眼に収めゐき
あけぼのの馬の妊めるうすみどり
雲呑のあはせ目ゆるぶ春の風
あだしのの抱卵の木は辛夷の木
ビルの名の中に街の名日永し
がちやがちやと国債印刷機の彼岸
こまごまと佃煮暗し鳥帰る
考へたすゑに巣箱へ入りけり
花冷や瞼の内のみづびたし
熊蜂の桜をまへにしてゐたる
盛りゐて空き家の如き桜かな
呼ぶ声の奥へと向かふ桜かな
真白に建築模型飛花落花
江戸川に花押しあひて触れ合はず
朝光や重さを持たぬ蛇の衣
あやとりに橋現るる夕立かな
ヴィールスは体の芯を合歓の花
がうと来る四角き風の熱帯夜
ががんぼや片づけて本立ち上がる
黒板に描く簡単な熱帯魚
爽やかにピアノを映すサキソフォン
しらたまはことばとなれるときまろし
蚊帳あはれ凭れれば背に吸ひつきて
海底に山脈生るる新茶かな
人形の口唇硬し六月来
睡蓮や紙は光をはねかへし
涼しさや遠心分離機の微動
噴水の止む間に見ゆる木立かな
密談や鉄砲百合の花粉の黄
かはほりや絵本に雨の降り続く
七月の鏡の中のみづの音
明後日のこと貼られある冷蔵庫
面倒と思ふ牡丹を捨てにけり
七夕を小さな家の中にかな
らんちうの影のなくなる文机
雨雨と言い合ふうちの柚子の花
朝顔や眠りの果てに眼の開く
かたちてふもの青銅のきりぎりす
魚どちに廻る速さや秋暑し
どの戸にも日のある秋と思ひけり
やすやすとその白桃を包むもの
白桃にまはりの水のまつはりぬ
桃剥くや葉書の隅にとほき船
ゆふがたを蔦がのぼるよ吹かれつつ
遠山をさはる夜長の手がありぬ
外つ国の水売り暮らす秋の人
鶏頭の揺れて大きな家が建つ
黒葡萄の一顆を引けり皿動く
西瓜食ひ終えあけぼの色の皮残る
いてふはらり壜の中なる塩の山
いてふおちば浴室てふはかげのなき
索引のむかしことばや牽牛花
松毬や海より川の生え出てゐ
水飲んで楽しくなりぬ菊の花
ままごとのをはりは馬鈴薯のにほひ
くらしてふしづかな言葉水澄めり
望月に飴噛む音の大きくて
秋風や腹ぽつこりとスヌーピー
鹿の鳴きかはす扉のありにけり
投げられし秋扇はづむ畳かな
ドライブイン月かたむくに音のなし
鉄柵をへうたんの打ち続くなり
秋の夜のドアノブに傘掛かりをり
標本棚越しの会話や暮の秋
怪人名乗りて人をいぢめる日短
いくたびも読みかへす冬桜かな
おほどかに冬日は雲を押しのけず
くつつきてつみれぞ葱に白菜に
にはとりの首見えてゐる障子かな
ふくろふのほうと茶室の荒れてをり
手を汚すあぶらねんどやはるまひる
薄紙をまとへる本や都鳥
こはれ家の一塊としてこほるなり
大丸を鰤の切身が進みをり
電柱にくつついてゐる箱へ雪
白鳥に脚の一対古書の町
落ちし葉を聖樹の鉢へ棄てにけり
地つづきに凍ゆる湖となりにけり
かなしみや枯木に鳥のよく見ゆる
綿虫や歩いて先に行つてしまふ
それはそれは見事な関東煮でした
凍蝶の名残の指を嗅ぎにける
校庭の静かに消えてゆくや雪
サンドヰツチマンかつサンタ歩み来る
アパートの共用文庫年用意
元旦の水響きたる生家かな
祖父の家に鏡の数多節料理
いつ来ても叔母さんがゐる歌留多かな
元日の眠りにつかふ真昼かな
嫁が君大型計算機室より
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