2012-12-02

【週俳11月の俳句を読む】瀬戸正洋

【週俳11月の俳句を読む】
野の仏

瀬戸正洋


神奈川県の西の外れに住んでいる。東名高速道路の大井松田インター付近、生命保険会社のビルディングが建っているあたりだ。現在、そのビルディングは珈琲屋さんが買取り、休日には散歩をしたり珈琲を買う人たちでずいぶんと賑やかだ。この珈琲屋さんには珈琲の無料サービスもあるしトイレを自由に使わせてくれたりする。散歩をする人たちのトイレ休憩はもちろんのこと、郵便配達や宅配便のような外で働く人たちにとって、特に、田舎の場合はトイレの使える場所があると助かるのである。「神奈川県足柄上郡」という地名だが、僕の所属する月刊俳句同人誌「里」の島田牙城は、この「足柄上郡」という地名がとてもお好きなようだ。牙城は僕の親分なので子分としては逆らう訳にもいかず、「里」の創刊号から「足柄上郡」の地名が掲載され続けている。「神奈川県」とした方がスマートのような気もしていたが、「足柄上郡」という地名、いつの間にか、僕も悪くはないななどと思ったりもしている。現在、「里」は、月に二号ずつ刊行しているが、僕は一度も欠詠したことはなく子分としては「正しい」態度であると自負している。つまり、「里」には、創刊号から第115号まで全て「足柄上郡」の地名が記されているということだ。牙城は僕より年下だが、僕は彼のことを尊敬もしているし信頼もしている。

三十数年間、小田急線の新松田駅から二時間かけて横浜市内にある職場へと通う。僕の住む集落にも自治会がある。その自治会は一組から六組で組織されていて、今年、僕のところに、六組の「組長」が回ってきた。六組は十八戸からなる組だ。「組長」などというと何か物騒な話だが、十八年に一度回ってくる、まさしく六組の「お世話係り」なのである。村八分の「二分」とは「葬儀」と「火災」であることもはじめて知った。回覧板を回したり、配り物をしたり、集落の行事などにも必ず参加している。「順番で誰にでも回ってくるものなのだけれど、本当に、ご苦労様ですよね」というのが組長に対する労わりの言葉だ。 


銚子倒れた空っぽ   矢野錆助

空っぽのお銚子が倒れたのは神様の仕業である。負の出来事は全て偶然ということとする。生きていく上での知恵なのである。人間の力ではどうしょうもないこと。つまり、それは、神様の悪戯なのである。空っぽだからお銚子が倒れたのでは絶対にないのだ。お酒の残っているお銚子であっても神様が倒そうとお考えになれば倒れるのである。


寒林に追いつめられて鍵まわす   中嶋いづる

家に入るために鍵を開けたが背後の寒林に追い詰められているような気がした。隙間だらけの寒々とした背後の林が作者を追い詰めているのだ。他人から見ればたいしたことはない出来事でも、本人にとっては人生の危機が訪れていると感じてしまうこともある。ただ、鍵をまわす行為により何とか逃れることができたのかも知れない。この場面、サスペンスドラマのひとつのシーンのような気もする。 


松明あかし荒天が習ひとよ   谷雅子

祭りは晴天がよいに決まっている。須賀川の松明あかしは何百年も続いた祭だ。「荒天こそ火祭りに相応しい。だから、いつも雨風が祝ってくれているのだと。」そう言って集まった人たちは慰めあっている。たとえば、「老いては子に従え」という諺がある。ほとんどの老人が子に従わないから、この諺が生まれたのだ。「荒天が習ひとよ」という言葉からは、晴天であって欲しかったという思いが込められている。僕らは他のことでもこのような言い方をして自分自身に折り合いをつけている。

お寺の山門から境内へ登る石段には通夜提灯が点り小雨が降っている。悲しみと啜り泣きと思い出と苔生した石段を登る死者の霊と生者の霊。それらを包み込む一切の闇。お寺の魂が、これが本来のお寺のすがたなんだと静かに語りかけているような、そんな錯覚に陥る。不謹慎な話だが美しいとさえ感じてしまうのだ。山寺には雨が似合う。


しぐるるや棺の中にある隙間   石原ユキオ

雨は降り続き棺は花で埋まる。棺を花で埋めるのは、お別れの時、たとえ、花に埋もれていても棺には隙間が生まれる。そこには、あふれるばかりの思い出と悲しみが閉じ込められている。


茶の花や煙の匂ふ服を吊り   森賀まり

一輪挿しに茶の花が投げ込んである。帰宅後、服を片付ける。服からはけむりの匂いがする。茶の花とあるので和服なのかも知れない。句会のあと落ち葉焚きをしている庭を歩いたのか。だが、都会では落ち葉焚きはしてはいけないのだ。茶の花が咲くことも、けむりが立つことも、まして、服にけむりの匂いが付くことも珍しいことなのである。僕らは服にけむりの匂いが付くことを嫌う。そんな大げさなことではないが、何か気にかかることがある。そんな心象風景のような気がした。

道端、畦道の角とか土手の上、畑の隅には、神様や仏様がいらっしゃり、ここに住む人たちを何百年もの間お守りしていてくださる。仏様が並んでいる丘。僕はひとりで草を刈り草を掻き水で清め花と線香を供える。空は抜けるばかりの青空、快い風と少しばかりの疲労。眼下に足柄平野と小田原の海。何か変な感情が頭を持ち上げた。通りがかった人が「今年は、おまえのところなのか。うちの番の頃は、俺は死んじまっているよな。」などと笑いながら通り過ぎる。その時、大げさなことかも知れないが「日本人である。」ということが一瞬だが僕はわかったような気がした。宣長の「九月十三夜 鈴屋にて古事記かきをへたるよろこびの会しける兼題 披書視古『古事の ふみをらよめば いにしへの てぶりこととひ 聞見るごとし』」の歌がなんとなく理解できたような気になった。同じ血が流れている日本人でなければ、千年以上の時を経た読むことのできない文字から『いにしへの てぶりこととひ 聞見るごとし』など不可能なことに違いないと思ったのだ。もちろん、そんな気がしただけだが、僕のような馬鹿にはそれで十分だと思った。

家々には神棚があり『神様』が祭られている。その『神様』は、その家の家族を守ってくれるのがあたりまえで、その家の家族を守ってくれない『神様』なんて『神様』ではない。だから僕らは、安心して神棚に『神様』を祭り、家族が幸福になることができるようにお願いをするのだ。」小林秀雄は『本居宣長』の中でそう書いていた。これも理解できるような気がした。

集落の仏様や神様にずいぶんとお会いする機会に恵まれた。仏様に線香は理解できるが神様に線香は、などと思ったりもした。だが、神様であっても線香を供えないと、何か、物足りない気持ちになったりもする。「帳面」には、「何年何月何日、某氏、水と花と線香を供えました。」と書いてある。僕も同じように書き込み、来年の当番である隣の家へ(と言っても畑の向こうだが)「帳面」を持って行った。帰りには、両手で持てないくらいの里芋と大根をいただいたりして。



第290号2012年11月11日
森賀まり 左手 10句  ≫読む

第291号2012年11月18日
中嶋いづる 秋熟す 10句  ≫読む 
谷 雅子 雨の須賀川 10句  ≫読む 
石原ユキオ 狙撃 10句  ≫読む

第292号2012年11月25日
矢野錆助 緑青日乗 10句 ≫読む
 

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