2013-05-19

林田紀音夫全句集拾読 266 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
266

野口 裕





これからの余白炬燵に足を入れ

平成二年、未発表句。「余白」は老後の人生に残された時間という意味に取れる。発表句をよそ行きとするなら、未発表句は普段着。そんな心持ちがストレートに現れている。当時の心境が最も端的に表れている句。

 

旅の途中に似て花落とす椿の木

椿の葉照る花の紅失って


平成二年、未発表句。離れているが同じ四百三十四頁にある二句。並べると、椿にたとえた老いの矜持、といったものが窺える。平成三年「海程」発表句に、「椿立つ日照雨をはるかより誘い」。

 

啓蟄の夜の水使う女たち

平成二年、未発表句。紀音夫の世代では、家事を手伝うという発想はあまりないだろう。湯を使わずに水でさっさと家事を済ませて行くのを見ながら、若干の感謝と尊敬のまなざしを送っているところか。

しかし、紀音夫が「啓蟄」という季語を使うところは、やはりちょっとした驚きを伴う。日常生活から拾い上げる句材が、無季でなければ表現し得ないところを失っていることの傍証ともなる。

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