2013-06-09

【週俳5月の俳句を読む】瀬戸正洋 相州は相模の國の足柄の

【週俳5月の俳句を読む】
相州は相模の國の足柄の

瀬戸正洋




父の肺に異常が見つかった。全身に転移しているらしい。肺はその転移先のようだと言われた。医師は明日かも知れないし一年後かも知れないと言った。九十四歳の父は自宅で普通に生活をしていた。高齢なので痛みに対して鈍感になっているのかも知れませんねとも言われた。一ヵ月後に息子の結婚式があり治療するかしないか治療するならどんな方法があるのか話し合うことになった。医師との話し合いの日は結婚式の五日前だった。僕らは結婚式が終って落ち着いてから話し合いをしたかったが医師は肺の腫瘍が大きくなっているかどうかレントゲンで確認したいと言ってその日を決めた。父を孫の結婚式に出席させたいという僕らの気持ちを踏まえた上でのことだった。その結婚式の十日前の日曜日、僕は組内の親睦会に出掛け昼間から酒を飲み、夕方には従兄弟の家が春祭だということで出掛け、そこでも酒を飲んだ。その夜、自宅の玄関で転び左足の関節を骨折した。僕は整形外科医にも息子の結婚式が控えていることを言った。彼は何とかしましょうと答え手術日を決めた。その日は父のこれからのことを話し合う日であった。その二日後、父は体調を崩し入院した。妻は父も僕も結婚式には出席できなくなったと思ったらしい。

僕自身の入院と手術、息子の結婚式、父の介護とその先のこと、そして、仕事と僕は頭の中がこんがらがってしまった。貧乏人はとにかく死ぬまで稼がなければならないのだ。思い悩んでいる暇などなかった。貧乏人は強いななどと自分ながら思った。ただ、動くことができないのが辛かった。こんな時は俳句を作ったり読んだりするに限る。俳句を作るとは自分自身から離れることだ。僕の身体はゆっくりと解されていく。だが、俳句の背後には毒が潜んでいる。

のどけさの龍角散は硯の香   菊田一平
音立てて雨が苺の花に葉に
水槽の空いつぱいに水母の子

一句目の作品、春の日の長閑かなひととき龍角散は硯の香がすると言われてみれば確かにそのような気がする。「龍」の文字も墨書に相応しいといえば相応しい文字だとも思う。二句目の作品、急に雨が落ちて来て路地栽培の苺の花や葉を濡らす。そのあたたかい大粒の雨はそれだけではなく同じように僕らの心にも沁み込んで来るのだ。ゆっくりとじっくりと心を濡らしてゆく雨の優しさ。三句目作品、水槽には水母の子が漂う。いつのまにか大空は水面となりその水底に僕はひとりで立っている。海水は僕の身体を浸食し、水母の子は大気中を自由に漂う。三句ともに「水」に係りがある作品だ。僕は喉が渇いているのかも知れない。

紙魚走る大正五年の奥付に   金中かりん
色変へし限定本を曝すかな

僕は本そのものを眺めることが好きだ。好みの装丁であればそれだけで十分だ。大正五年に作られた九十七年前の本の装丁とはどのようなものなのだろうか。紙魚などいくらでも走ればいいのだ。すっかり色褪せてしまった限定本。色褪せているどころではなく色が抜け落ちてしまっているのかも知れない。年に一度、その本を手に取り、その頃の色合い、その頃の自分自身のことを思い出したりもする。

僕は一時期、気に入った新刊の初版本を集めたことがあった。たとえば尾崎一雄の随筆集「単線の駅」昭和51年11月4日講談社刊。題名は正字、箱には田舎の風景が描かれていた。「題字・装画 中川一政」とあった。随筆「単線の駅」は、「朝日新聞」昭和48年10月28日に発表され、尾崎一雄は自作の俳句「梅白し単線の駅汽車発す」にも触れている。単線の駅とはJR御殿場線の下曽我駅のことで昭和三十年代には蒸気機関車が走っていた。尾崎一雄の愛読者ならばお馴染みの駅名である。JR御殿場線は、その先、上大井駅、相模金子駅と続き、そのふたつの駅の東側にある相和丘陵に僕は住んでいる。

そんな本との接し方の他に、僕は箱も袴もカバーも捨て本を丸裸にして鉛筆で線を引きながら読むこともある。これはこれで本そのものに親しみや愛着が湧いてくるものだ。マーカーよりも鉛筆の方が好きで線を引いたり付箋を貼ったりする。本が傷んできたりすると何だか嬉しくなり、その本を読み込んだ気分になったりもするのだ。

人のような向日葵が来て泊まるかな   金原まさ子
おこるから壜の蝮がいなくなる

届けられた向日葵、それが部屋の中にある。ただそれだけのことなのだ。その向日葵を人のようだと感じたから泊まるとした。確かに向日葵は、たとえば「ポパイ」のオリーブのような背の高い細身のご婦人のような風情がある。それから「壜の蝮」、気を荒立てたから壜の中の蝮がいなくなったのだという。理由が無ければ壜の中の蝮がいなくなったりしないのだ。人は怒ると心が乱れると貴重なもの大切なものを失うということは本当のことなのである。人生にとって貴重なものには「毒」が隠されているということは当たり前のことだ。人は説明できない出来事について気のせいだとか偶然だとか言って放り出してしまう。蝮がいなくなった理由を真剣に考えることは僕らにとって大事なことなのだと思う。

さて、息子の結婚式であるが僕は手術の五日後、車椅子で出席した。医師は一時帰宅にするか退院にするかと聞いたが無理やり退院にしてもらった。左足は床に付けては絶対にいけないと繰り返し注意され松葉杖の特訓も受けた。披露宴では一滴も酒は飲ませてもらえなかった。その二日後、取り敢えず父は退院し自宅で暮している。父は退院のことを、自分が死んで自宅へ戻って来たと思っているらしい。お寺や組内との話し合いは終ったのかとか、「骨壷」はどこにあるのかなどと真剣に言っている。何の話し合いかと聞くと自身の葬式の打合せだと言い、誰の骨壷かと聞けば自分の骨壷だと答える。訪問入浴介護サービスをはじめて受けた時も「湯灌」だと思っている節があった。その父に対し、笑いながら答える僕も不思議な感情に陥る。目の前でよろけたりすると僕の投げ出している左足に寄り掛かろうとする。「骨」が折れているんだから触れないでくれと言うと、その「骨」という言葉に反応して、また「骨壷」の話が出てくる。父は自分の「骨壷」のないことが不思議でしかたがないのだ。寝ていると目の前に何かが現れるらしい。頻りに追い払う仕草をして何か言っている。夢なのが幻影なのか、それとも本物の妖怪が出て来ているのか。父にとって生きることとは、痛みが増していくこと、食が細くなっていくこと、歩くことが困難になっていくこと、そして、呆が酷くなっていくということだ。父よりも、その日はまだだいぶ先だと思っているから、その日が決められていないから、僕は目の前の父と同じように生きていることに気付かないふりをする。時の長さに自ら騙されようとしているのだ。左足の骨折で動けない僕は椅子に座りそんな父の姿を黙ってただ眺めている。妻や息子や娘たちに迷惑をかけながら。


第316号2013年5月12日
菊田一平 象 10句 ≫読む

第317号2013年5月19日
金中かりん 限定本 10句 ≫読む

第318号2013年5月26日
金原まさ子 セロリスティック 10句 ≫読む



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