2014-05-11

俳句に似たもの 6 パラレルI/F 生駒大祐

俳句に似たもの 6
パラレルI/F

生駒大祐

「天為」2012年10月号より転載


最近業務で出てきた単語でインターフェイスというものがある。

【インターフェイス】二つのものの間に立って、情報のやり取りを仲介するもの。また、その規格。「IF」「I/F」の略号で示されることもある。

というようなものだが、具体的な例を挙げると電子機器のケーブルからPC上の「アイコン」まで、平たく言えば誰か(何か)の中の伝えたいものを誰か(何か)に伝える、媒介となるものだ。

業務で扱っているデータのI/Fに「シリアルインターフェイス」というものがある。2進法の0と1で表されたデータを一列に並べ、ひとつずつ順番に伝達する形式。

その逆が「パラレルインターフェイス」で、データを並列に並べて伝達する。パラレルインターフェイスの方が伝達のタイミングを合わせるのに技術がいるが、大きなデータを高速に伝えられるという特徴があるという。

さて、自分が持っている感動なり感情なり情景なりを人に伝えるI/Fとしては、まず発声による「ことば」がある。

「ことば」は順番に紡がれ、一語一語伝わってくるので、シリアルI/F的であると言えるだろう。

ではパラレルI/F的な伝達方法は何かと考えると、絵画がそれにあたるかもしれない。一目で多くの情感や情景を伝えることができると同時に、ことばよりも情報の伝達には技術がいる。

それを敷衍させていくと、小説、自由詩などは文字を順番に追ってゆくという点でシリアルI/F的であろう。

では、俳句や短歌はどうか。

俳句は絵画的であると言われることがある。

畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ 蕪村

それは俳句において「写生」という方法論が一般的であることもあるだろう。

山本健吉が「時間性の抹殺」と、鴇田智哉が「俳句は一目で見通せる長さを持っている」と指摘しているように、俳句はシリアルI/F的に読み下すというよりも、パラレルI/F的に各単語が同時に体内に入ってくるような感触が、ある。

愉しまず晩秋黒き富士立つを 山口誓子

「黒き富士が立っていることを愉しく思わない」というシリアルな情報にパラレルに挟まってくる「晩秋」が、コラージュのように効いてくる。一句の構成を散文のように順序正しくしないことで効果を付けるのも、パラレルI/F的である。

パラレルI/Fは長距離伝送に不適だと言われる。俳句にとって「長距離伝送」にあたるのは地理的距離というよりも時間的な隔たりであろう。

実際、古の名句を当時の感動を以て理解するのは難しい。

しかし、それを読み解けたときに時代を超えて当時の作者の感動を共有できることはなんともいえず味わい深い。

受信側にも相応の技術が必要なのがパラレルI/Fなのだ。


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