2014-07-06

【週俳6月の俳句を読む】週俳6月作品をアナグラムにして読む 山田航

【週俳6月の俳句を読む】
週俳6月作品をアナグラムにして読む

山田航



こんにちは、山田航です。最近私はアナグラム短歌というのを作るのにハマっております。アナグラムとは一字ごとに文字を分解し、組み換えて別の文章をつくるという言葉遊びです。暇つぶしの遊びに名歌のアナグラムをつくるようになったのですが、この音が多いからこんなふうに響くんだなどといったように音韻構造を確かめながら再読することができるので意外と勉強になったりします。たとえば与謝野晶子の「柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君」をアナグラムにすると、「友達はビキニ見られず悔しさの極みで星や血を掴みあふ」になります。

今回、俳句の評を頼まれましたので、このアナグラムを駆使して句の音韻構造に着目して読んでみたいと思います。意味を解体して音だけの丸裸にしますと、普段とはまた違う面白い風景が見えてきますよ。

荒梅雨のなかで生まれた馬を抱き  高坂明良『六月ノ雨』

ではまずこの句。アナグラムにしますと「枯れた繭 妻のあだ名を嫌う腕」なんてところでしょうか。季語は「繭」で初夏です。とにかく苦労したのが、二つ入っている「う」。ここをどう処理するかさんざん悩みました。それこそ「うう」と声をあげながら。結局「う」を連続させることになりましたね。

アナグラムに悩むってのは、言葉に必然性があるいい句だということです。うまく押韻していて響きが洗練されています。この句の場合「生まれた馬」という韻の踏み方が素晴らしいんですね。そして、「荒」と「なか」も韻を踏んでいます。このア段の連続による助走が、「生まれた馬」の勢いへとつながっているとみることができるわけです。抱いているだけなのに、疾走する馬をイメージさせることのできる句なのです。アナグラムの句だとその勢いの部分がちょっと殺されちゃっていますね。

あららぎのこぼれ雀も子供の日  陽美保子『祝日』

次いでこの句。アナグラムにしますと、「雨の墓碑ここらの杉も戻られず」。無季ですかね。「杉の花」とか「杉落葉」なら季語のようですが。いまひとつ意味の分からないアナグラムになっちゃいましたね。陽さんのこの句、濁音がうまく効いています。濁音はアナグラムをつくるときかなり邪魔になるんですね。なぜなら、濁音を多く含んだ和語があまりないから。濁音どうしはある程度離すか、もしくは漢語や外来語に頼らないといけないんです。なのでたいてい真っ先に濁音を処理するところから取り掛かります。この句の場合も「ぎ」「ぼ」「ず」「ど」と多いんです。頭のなかに宜保愛子の顔がぐるぐる。結果こんなアナグラムになりました。

濁音が多いとアナグラムの句のように、普通は重苦しい響きになります。でも陽さんの句の場合、「あららぎ」「こぼれ」「すずめ」「こども」と、同じ母音を連続させることで重苦しさを回避して、明るい雰囲気の句にすることに成功しているのに気付けます。

それとK音とR音が多いのも、明快な雰囲気に一役買っているのでしょうね。分解すると「こらこら」とか出て来てしまってどうしようかと思いましたよ。「野良コアラ」ってフレーズが掘り出せたんで使いたかったんですけど、あまりにもシュールすぎて無理でした。

螢火よ何かが足りぬ炒飯よ  原田浩佑『お手本』

そしてこの句。「よたよたになりぬビールは夏帆ちゃんが」というアナグラムにしました。季語はビールで夏です。原田さんは新仮名で作句しているようなので、炒飯は「ちゃーはん」とひらいて、拗音「ゃ」も伸ばし音「ー」もそのまま使ってます。促音拗音伸ばし音すべて無視せずに取り入れるのが僕のアナグラムのポリシーです。意味としては、夏帆ちゃんにいっぱいビール注がれちゃってよたよたになっちゃったとでも解釈してください。夏帆ちゃんなら断れませんね。仕方ないです。

「ゃ」をそのまま使ってる時点で接続できる文字が限られてしまうので、悔しいけど結局そのまま「ちゃ」になりました。本当は「りゃ」を使いたかった。散々悩んだのは「ぬ」の扱いで、どこに入れても浮くんです。「カンヌ」とか名詞に組み入れちゃうことも考えたんですがしっくり来なくて、助動詞として使うことにしました。これはそれだけ元の句の「ぬ」の否定形が、効果的に使われてるってことだといえますね。他の句に「ネクタイをほどききるころ麦の酔」というのがあって、ビールが出てくるアナグラムとなんとなく呼応しているように思えてきます。こんな偶然の発見があるのもアナグラムの面白いところ。



第371号 2014年6月1日
陽 美保子 祝日 10句 ≫読む
第372号 2014年6月8日
髙坂明良 六月ノ雨 10句 ≫読む
原田浩佑 お手本 10句 ≫読む
 第373号 2014年6月15日
井上雪子 六月の日陰 10句 ≫読む
第374号 2014年6月22日
梅津志保 夏岬 10句 ≫読む
第375号 2014年6月29日
西村 遼 春の山 10句 ≫読む

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