2014-09-21

対談 新人輩出の時代 小澤實 × 上田信治

対談 新人輩出の時代
小澤實 × 上田信治

澤2014年7月号・特集「五十歳以下の俳人」より転載


小澤 『五十歳以下の俳人二百二十人』、ご労作をありがとうございました。たいへんなお時間と労力とをいただいてしまったことになります。

上田 こちらこそ、自分のような者にご依頼を下さったこと、御礼申し上げます。小澤さんは、なぜ今年、年代別の特集を考えられたのですか。

小澤 俳句という詩型にとって、今新人は誰なのか、どうなっているのか、ということは、いつも関心をもっているつもりです。

それから「澤」という会をやっているからには、「澤」の新人の世に出てもらいたいという思いも、もちろんあります。それから俳人協会で、会員の高年齢化について考えるという機会があって、それもこの特集に関係しています。

能村登四郎の「沖」は毎年毎年、何月号かで、かならず若手特集をやっていました。その中で、正木ゆう子、鎌倉佐弓、中原道夫、筑紫磐井、能村研三といった作家が育って来たということも意識しています。

上田 三月末に、お電話でリスト作成のご依頼をいただいたときは、実現困難に思えました。

小澤 そうですか。若手特集といっても、澤の若手だけを見ていてもつまらない。若手全体を見わたしてみたい、その時、上田さんの顔が浮んでしまったんです。上田さんが、平成俳句から百句選ぶという仕事をなさっていて、刺激的を受けました。

上田 ありがとうございます。「週刊俳句」でやった「私家版『ゼロ年代の俳句百句』」ですね(平成二十二年六月二十七日号)小澤さんに、髙柳克弘さんと高山れおなさんの百句選と合わせて「今年の重要な仕事」と書いていただきました。

小澤 まさに重要な仕事です。まず現在の作品を選ぶことから今の俳句を考えるということをなさっている。それで、若手の作品を選んでもらおうと思ったわけですね。


どう作業を進めたか


上田 「半年分の近詠から選ぶ」というアイデアが浮かんで、ようやく「あ、できるかも」と思いました。期間を区切れば、すでに名前の出ている人も未知の人も、作品を全部読める。全部読んで判断しましたと胸を張って言える作り方をすれば、自ずと俳句の現在の「鏡」と言えるリストになるんじゃないかと。

小澤 半年というのが、あざやかな切口でしたね。全部読んで判断するというのが上田さんです。

上田 権威がないので労働価値説に頼りました(笑)。

角川「年鑑」の「年代別収穫」に一度でも名前の挙がった「五十歳以下」の作家が過去七年で約百人。加えて、各総合誌への掲載、新人賞の予選通過者、結社内部からも推薦をもらって、三百人強くらい。その皆さんの半年分の発表作から、この形にまとめました。それでも、見落としてしまった大事な方がきっと何人もいる。そういう方たちには、本当にあやまりたい。

小澤 こういう仕事はどうしてもそういう面が出てきましょう。半年といっても膨大な作品ですからね。

上田 そう言っていただけると救われます。加えて「澤」会員の方の作品も半年分拝見して、失礼ながら、この方は外に出したらこれくらいかな(笑)と考えながら、多少のひいきも加えつつ、入っていただきました。

小澤 だいぶ掬いあげていただきました。


年代別の印象


上田 思いつくままに、リストから感じたことを言いますと、まず「書き手には旬がある」ということ。

山本夏彦が「作家は十年」ということを書いています。「のぼって三年、維持して三〜四年、下降して三年」だと。

小澤 俳句もそうですか。もっとじっくり変化していくという印象ですが、そうでもないですか。

上田 俳人は、登場時点ともう一山、五十代から六十代前半に大きな仕事をされる方が多いですね。

ただこのリストは現時点のものなので、既に名前の知れた方で残念ながらという人もいるし、逆に、いつの間にこんなに面白くなっていたかという人もいる。結果的に、今まさに充実している人「有名じゃなくても、まとまった句数を依頼したらいい作品で応えてくれそう」な人優先の、発注側の目で見たリストになっているように思います。

小澤 週刊俳句の編集者としての目があるんですね。編集者の方にこの企画の話をすると、切実にこのリストをほしがられます。

上田 この人たちは年代的に、小川軽舟さんのいわゆる「昭和三十年世代」の「下」なんですね。

小澤 そうですね。僕の世代の下ということになります。

上田 はい。たとえば、青山茂根さんや佐藤郁良さんは櫂未知子さんの影響が強い。小川軽舟さんの「鷹」で育った人たちもいる。長谷川櫂さんの「古志」も、石田郷子さんの「椋」も人を育てています。もちろん「澤」もそうです。

そして、多くの人が、その「昭和三十年世代」の、楽天性を受け継いでいますね。

小澤 楽天性というのは俳句の本質にかかわる性格だと思います。それを受け継いでいるということは重要ですよ。

上田 一方でいわゆる「大正十年前後生まれ」の大俳人たちの、直接の薫陶を得ている人は、金子兜太さんが現役の「海程」の他は少数派です。

小澤 強烈な大俳人に弾かれて止めてしまった人も多かったことでしょう。もはや希少種になるわけですね。

上田 隔世遺伝という意味では、高柳重信から澤好摩を経て山田耕司。三橋敏雄から池田澄子を経て佐藤文香という人たちも面白いんですが。

小澤 山田さんの句に高柳の匂い、それから佐藤さんの句に三橋の匂いをあまり感じられないのですが。本家があまりにも強烈ですから。それが平成風なんでしょうか。

上田 高山れおなさんは山田さんを「俳句評論」的倫理主義と評しました。僕はそれを、俳句が所与のものとしてあることを認めない重信譲りの身構えと解釈しています。池田さんを通じて三橋敏雄が佐藤さんに伝えたのは、作家がどこまでも独行者であることなんじゃないかと。

話を戻しますと、このリストにはその大俳人たちの少し下の世代の人についてやって来た人が多いんです。「大正十年前後」世代が家父長的存在だとしたら、ちょっと若いインテリの叔父さん叔母さんのような(笑)。

「南風」「藍生」「未来図」「百鳥」「狩」「炎環」、先生も弟子も、ある種の自己抑制が効いたといいますか、コントロールのいい大人の作家が多い。

小澤 よくわかります。たしかな安定感がある。

上田 四十代は「前衛」の系譜から作家が出ているという印象があります。山田耕司さん、高山れおなさん、関悦史さん、鴇田智哉さん、田中亜美さん、田島健一さん、宮本佳世乃さん。小野裕三さん。九堂夜想さん。

小澤 かなり強烈な面々。澤の押野裕、榮猿丸はこういう人たちと生きていかないといけない。もちろん、大丈夫だと思いますが。

上田 ぜひお互い存在理由を賭けてライバル視してほしい(笑)。絶対どちらにも、そうある世代的必然性があるんですから。

三十代は、逆に「伝統」系の結社の中に人がいる。

小澤 そうですか。だいぶおとなしくなるわけですね。

上田 粘り強くやっている人たちです。二十代は俳句甲子園「組」ですね。

小澤 甲子園出身者が存在感をもっている。


人はひとりでは面白くならない


上田 「人は一人で面白くなるわけではない」という名言があって、コラムニストのえのきどいちろうが言ったことですけど、あの人は学生の頃ミニコミ誌をやっていて、そのまま雑誌の世界に入っていった。その学生上がりの書き手の中に、ナンシー関などがいて、みんな有名になりました。

小澤さんも俳句を始められたとき、すぐ近くに、小林恭二さん、寺澤一雄さん、岸本尚毅さん、四ツ谷龍さん、田中裕明さん等々といらしたわけじゃないですか。

小澤 はい。小林さんは仲間というのではなく、年下なんですが、師匠的存在でしたが。

上田 つまり「作家はかたまって出る」。自己形成は、同年輩で寄ってたかって行われるとき白熱するものです。

小澤 同感です。「ホトトギス」でも「馬酔木」でも、作家はかたまって出てきました。

上田 新人登場の歴史を言いますと、飯田龍太の「雲母」終刊からこっち、平成無風と言われたのが平成十年代の初めまででしょうか。

「ルート17」という若手俳人グループがありましたが、作家集団として存在感を示すところまで行かず活動を停止します。

小澤 そのグルーブ、名前も知りませんでした。

上田 鴇田智哉の俳句研究賞が平成13年。平成14年には第一回芝不器男俳句新人賞で冨田拓也が正賞、関悦史と神野紗希が奨励賞を取ります。

髙柳克弘の俳句研究賞が平成16年。津川絵理子、明隅礼子の俳人協会新人賞、杉山久子、佐藤文香の第二回芝不器男賞が平成18年。佐藤郁良の俳人協会新人賞が平成19年。

小澤 優秀な若手がつぎつぎに登場してくる。

上田 佐藤文香の『海藻標本』は平成20年です。彼女の世代の作者で、いち早く俳壇に評価される句集を出した。

小澤 みずみずしい句集でした。「少女みな紺の水着を絞りけり」。

上田 相子智恵の角川俳句賞が平成21年。山口優夢の角川俳句賞と、御中虫の芝不器男賞が22年。

アンソロジー『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』はそれぞれ平成21年、22年、23年。これらのアンソロジーには、越智友亮、村上鞆彦、小川楓子、野口る理、小野あらた、福田若之という名前がある。

小澤 相子さんの受賞、うれしかったなあ。『新撰21』『超新撰21』の巻末の座談会に編者でもないのに参加していますが、作品の多様性に目のくらむ思いでした。

上田 まさにこの十年は、新人輩出の時代でした。

小澤 そうだったんですね。もはや無風ではない。

上田 鴇田、冨田、関、という強力なオリジナリティで出てきた人がいて、俳句甲子園組がここに加わる。

「ルート17」の人たちは結社所属の若手だったんですが、関、佐藤のような単独で世に出た人たちにやや遅れてスタートラインに並ぶというか、順当に、俳壇の後継者、次世代として押し上げられていきます。

大谷弘至が「古志」の主宰になったのが平成23年。津川、村上が「南風」の副代表になったのが、平成24年。昨年「河」の副主宰になった鎌田俊、堀本裕
樹、阪西敦子、日下野由季、矢野玲奈、篠崎央子等、この人たちがみんな「ルート17」だった。

小澤 優秀な人が集まっていたんですね。

上田 彼ら新人の多くは、お互いごく近い友人同士です。彼らは、俳句の「師」あるいは俳句史への縦のつながりの意識と別に、同世代の俳人あるいは同時代の文化状況への横のつながりの意識の中で書いているように見える。

小澤 縦よりも横が強い。ぼくら昭和三十年世代でもそういう傾向はあったが、もっとずっと横意識が強くなっている。それが現代なんですね。

上田 お互いやっと会えた者どうし、絶滅危惧種として(笑)というのは冗談ですが、その横の関係が俳句を育む場になっている。逆に結社やグループの中だけでやっている人は、孤独を感じないのかと思います。

小澤 もし孤独を感じている人がいたとしたら、その結社は座として機能していないのではないかな。

上田 結社に人間関係があったとしても、その人のいる集団が、今の俳句とつながってない場所になっていることは多いでしょう。価値観に現代に通じるものがないとか、新しい作品が生まれていないとか。

個々には尊い試行もあるのかもしれないし「世に出る」という言い方に反発を感じる人も多いと思います。でもやっぱり、どうにかして世に出て欲しい。読者としてはそう希望します。

小澤 新しい才能が世に出ることで、俳句という詩型は今まで生き長らえてきました。俳句にたずさわる全員がしなくてもいいですが、特に若い世代は挑戦するこころを忘れてはいけないと思います。

上田 はい。その人の試行を、俳句の現在の富の一部にしてほしい。要するにいっしょにやりたいんです。たとえば新人賞に応募して欲しい。そうしたら、みんながその人の存在に気づける。

小澤 新人賞に挑戦。まずそこからでしょう。

上田 これは小澤さんはお考えが違うかも知れませんが、自分のグループの生産性が低いとか燃えていないと感じたら、遠慮なくよその句会に出るとか、複数の結社に入るとかすべきだと思います。

小澤 一般論としては、賛成です。ただ、複数の結社に入っている方はそこそこにうまくなるとは思いますが、それ以上には育ちません。

上田 きびしいお言葉ですね。僕は同人誌で始めて独学ですから、育てられるという感覚がよく分かりません。

小澤 そうですか。澤の仲間が去るというならあきらめますが、同時に別の結社に加わるというのは、寂しいです。

せっかく選で育てて来たものがうすまってしまうと思うのです。別の結社と二股、三股をかける作者には、僕は責任をもたなくていいと思っています。

最近は超結社の句会も多いようですが、せっかく育てられて来たものを薄め合う結果に終ることが多いのではないかと思っています。もちろん、うまく使い分けている人もいましょうが。


心象優位の時代


上田 まとめながら途中で気がついたんですが、作品全体の傾向として、現実あるいは外界との結びつきが薄いんですね。内部感覚中心。心象的と言ってもいい。

小澤 そうですね。内面に入り込んでいる人が多い。

上田 自分の好みでそういう句や人を選んでしまったかと思って、資料を読み返しましたが、やはり、リアリズム、写実主義の方法で書いている人は少数派です。

小澤 澤俳句の独自性を確認することになります。

上田 小澤さんは、俳句の言葉の具体性・描写性を非常に大事にされていますよね。

小澤 そうです。描ききりたい。描くというよりも、俳句では、ことばをそのまま「もの」にしたいのです。

上田 俳句の言葉が、何かを指して名前を呼ぶように使われるときに一番強いことは、間違いないと思います。近代俳句は子規以来、虚子から、敏雄、兜太に至るまで、「もの・こと」を言葉に定着することを基本的な方法として、そこに心象的・抽象的な「こころ」優位の(具体的な事物以外のものを全部「こころ」と呼ぶとして)表現があらわれてせめぎ合う、という展開をしてきた。

小澤 写実と叙情との間に揺れてきた、と言ってもいい。

上田 そして現状はいわゆる伝統回帰の延長にあって、岸本尚毅さん、小澤さんがリアリズムの方法に立たれている。当然、写実優位なのかと思っていたんですが、ぜんぜんそんなことはなくて、むしろ心象優位の時代だった。

小澤 そうですね。こうしてみると驚きます。

上田 たとえば依光陽子は、もともと非常に抽象的なテーマを詠む作家です。〈僧ひとり寺を離るる春の霜〉。「離るる」の物語性と「春の霜」で、ひとつの透明な精神の喪失を描いている。

甲斐由紀子の〈みな濡れて月待つ蟹となりにけり〉も、蟹が「みな濡れて」月を「待つ」という擬人法と「うっとり感」は、非常に心象的です。

小澤 依光さんの句はリアリズムで読んでしまいそう。甲斐さんの心象的うっとり感はよくわかります。

上田 全体に詩性や精神性への傾きが強く、現実世界の描写よりも、空気感のようなものが大事にされている。

小澤 景を描き出すことよりも、ことばのバランスに心が砕かれているような気がします。

上田 「言葉に無理をさせない」ということが、標語のように言われますね。大正十年前後生まれの世代の森澄雄や能村登四郎、飯田龍太にあった心象性が、平成俳句の中心的モチーフになっているのかもしれません。昭和三十年世代
でいえば、田中裕明、正木ゆう子でしょうか。

小澤 「ことばに無理をさせない」ということがたいせつなことはもちろんわかっています。でも、時には無理をさせたくなる時もあります。昭和から平成へと貫くものは心象性なんですね。

上田 そう思います。たとえば津川絵理子の近作ですが、〈受話器置く向かうもひとり鳥渡る〉〈鴉呼ぶ鴉のことばクリスマス〉(「南風」)、あるいは村上鞆彦の〈手の冷えて色なき海を見てゐたり〉。鴇田智哉の存在も大きい。

小澤 津川さんの両句とも好きですね。心象性は強いのですが、「受話器」「鴉」といったものの手応えがある。

上田 全体の傾向がこうなので、金子光利や高橋進のようなリアリズムは目立ちます。もちろん関悦史も。

小澤 〈結氷に湖の桟橋捩れたり 光利〉いいですね。「梟」を開く時、注目してみます。関さんの句のたしかさには、ずっと魅かれてきました。

上田 意外なことに「ホトトギス」系の作家も写実的じゃない。相沢文子〈帰りには頰の渇いてゐる遅日〉阪西敦子〈鹿の眼のみな開かれて秋を待つ〉のように心象的に詠うか、もっと若い人だと、季語の描写や説明が中心。

小澤 もう虚子が説いた「客観写生」というような標語は忘れられてしまったのでしょうか。

上田 むしろ言われているのは「季題重視」ですね。

ホトトギス系に限らず「写生」それ自体に価値を置く俳句観は珍しいものになっていて、選択可能な方法の一つでしかなくなっている。

小澤 それでは、「写生」を再発見したいです。

上田 神野紗希、佐藤文香、野口る理のような人たちは、歳時記的世界の外にある現実を取り込むことで、現代短歌のような私性をふくむ表現を試みています。心象性をさらに進めて現実と内面の両方向に俳句を拡大している。

小澤 〈牡蠣グラタンほぼマカロニや三十歳 紗希〉、たしかにこのほとんどマカロニの牡蠣グラタンは、歳時記的世界の外にあります。牡蠣は名ばかりで、実態は入っていなさそうだからです。この即物性ととほほな感じが好き。

上田 季語ではなく「三十歳の私」がマカロニの詩的価値を構成しているところに注目です。

「群青」に拠る若い人たちは「澤」と並ぶごりごりの(笑)リアリズムで、みんなで素十や誓子をやっている。なにか新しいものが生まれつつあるのかもしれません。

小澤 「群青」注目しています。今回の特集でも佐藤郁良さんに若手作家紹介の文章をいただきました。ただ、福田若之さんは描写を拒否しているんでしょうか。

上田 一声喉を出る声調が、リアルであることに賭けている書き手です。

小澤 たしかに強い気合いを感じます。一句からなにか圧力をかけられるような印象さえあります。三村凌霄さんにしても、あまり「もの」に執してはいかない。〈橋の下から手花火の煙と声〉「空気」のようなものをつかもうとして
いる。

上田 そう言われると選句に責任を感じますが、要は「澤」と「群青」はライバルだということですね(笑)。

小澤 清新な「群青」とならべられるのは、うれしい。

上田 小澤さんは、リストの作品から感じられたことはありますか。

小澤 くっきりとしたイメージが少ないということですか。ぼくはその点をつきつめていきたくなっています。

上田 話はずれつつ進むのですが、去年、中原道夫さんが「石田郷子ライン」ということを言って、すこし話題になりました。

小澤 ちょっと聞いたことがあります。

上田 何人かの女性作家を挙げて「ディファレンスを感じない」「みんな似たようで、さっぱりとしていて軽い」「癒し系と言ったらいいのかも知らないけど」「軽めのイージーリスニング、BGMみたいな」(「街百号記念号」座談会 平成25年)と評した。

品のいい言い方ではなかったですが、何かを言い当てている感じはする。

小澤 そうですね。ただ、石田郷子さんは石田郷子ラインには入らないような気がする。

上田 先行する作家として星野立子、細見綾子を想定すると、石田さんを含んで継承されるものがあると考えることもできます。

僕はキーワードは「等身大」ということかな、と。

小澤 「等身大」が書けたら、すばらしいことなんだが。

上田 書く行為は「理想我」が主体になるものです。それが近代的自我であれ、虚子や素十のようなより大きな価値体系のなかに溶融してしまっているような主体であれ、書く行為は主観的になんらかのイケてる自分、ステキな私によってなされるものです。

小澤 書く前からわかってしまっている、イケてる自分、ステキな私を書いても、しょうがない。

上田 それは確かにそうで、しばしばまだ見ぬ「理想我」を見出すことイコール書くことなわけですが、その理想我が「等身大」の本人と見分けのつきにくい、日常と地続きの「私」に設定される。

自分は特別の人間じゃないと感じつつ、その普通さこそが、「理想」として共有されている。

小澤 俳句が生きていくことの飾りになっている。

上田 書くこと以前のナルシズムから一歩も踏み出せなければそうでしょうけれど、僕はそこまでネガティブには捉えません。

明隅礼子〈三歳はみな羊なり聖夜劇〉、藤本夕衣〈黄落やまんなかにある本の部屋〉、藤井あかり〈灯して部屋やはらげる葡萄かな〉杉田菜穂〈食卓のきみと話してゐる炬燵〉のような書き手がいる。心象的で「等身大」、でも詩的純度の高い作品が生まれています。

一般論ですが、結婚されると新婚俳句、お子さんができると吾子俳句が増えがちということは、あるかもしれない。

小澤 新婚俳句、吾子俳句、おおいにけっこうだけど。お上品なそれは読みたくない。明隅さんの〈三歳はみな羊なり聖夜劇〉はちょっと気味が悪くて、この「ライン」から外れていませんか。

上田 明隅さんのモチーフに不気味なものはないと断言できますが(笑)、そこまで読ませるのは句の力ですね。

悪口として「ライン」と呼ばれてしまうのは、ちょっと優等生っぽい感受性のあり方のことかもしれない。同調性が高くて、優秀で、へんな人と思われたくない感じ。そのためにお互い似てしまったり、超越性に向かう契機が弱くなるとしたら問題がある。

小澤 へんな人おおいにけっこう。俳人はへんな人です。

上田 はい。「澤」会員で言うと、椎野順子さん、森下秋露さんが近いんですが、ちょっとへんです(笑)。「澤」はやっぱり独特の生態系で、傾向を共にする同年代の書き手が独自進化を遂げているのかもしれない。

小澤 そうそう。秋露さんは吾子俳句も作るけど、上品ではない。ほめているんです。〈吸はるれば伸ぶる乳首や冷房裡〉ですからね。ものに即しているんです。順子さんも、まず「もの」に向き合っています。〈食券のマジック書きや草の花〉、野外食堂の食券に見入っています。


ひとつの希望になりうる


上田 リスト作りを通じて「このへんはもういいんじゃないですか」というような方向性も感じました。

小澤 どういう方向性ですか。

上田 じつは取り合わせについてなんですが、非常に洗練されて、極め極めの取り合わせの句が日々作られている。

たびたび例に出しますが、津川絵理子〈つばくらや小さき髷の力士たち〉〈ひつそり減るタイヤの空気鳥雲に〉(『はじまりの樹』)。どちらの句も、取り合わされたものの要素が、どこをとっても響きあっている。読むたびに感覚的な歓びがあってすばらしい。

小澤 両方ともにくい句ですね。

上田 一方で、取り合わせという方法が、誰でも七十点は取れる手法として使われているという印象は否めない。「モチーフ+季語」の「1+1」が「2・5」や「3」じゃ、もうぜんぜん物足りない。さっき挙げた津川さんの句「1+1=7」くらい行ってるでしょう。

小澤 そこまでいきますか。ぼくは「1+1=5」くらいかな。うまさでうならせられているのがわかるので。

上田 じゃあ「5」で(笑)。

一方、新婚俳句や吾子俳句に典型的に見られるのですが、取り合わせの手法が、ものすごく常識的で通俗的な感慨をそのまま俳句にすることを可能にしている面がある。これは俳句を「コピーライティング」に近づけます。

小澤さんは、俳句がそんなレベルの共感で成立するものであってはいけないと思われませんか。

小澤 そうですか。誰にでも通用する一行になってしまっては、つまらないですね。

上田 はい。そういうことから、取り合わせは近年集中的に試され「過ぎ」ではないかという気がしています。

小澤 そうですか。俳句はどうしても一物仕立て中心で、まだまだ取り合わせは少ないと思っていました。あまい取り合わせの句が多いことは認識していますが。

上田 「新撰」シリーズなど見ると、取り合わせ多いですよ。このことは今年の「未来図」の記念号の座談会でも話題になっていました(平成二十六年五月号)。

あと、これは良し悪しではないのですが、作家の試行には、同時性、共通性というものがある。たとえば鴇田智哉と村上鞆彦が似ているとか。髙柳克弘、神野紗希、髙勢祥子、西村麒麟の方法には共通点があるとか。

小澤 そうですか、ぼくにはわからない。それぞれの作者に共通点を見出しがたいのですが。

上田 話せば切りがないんですが、村上鞆彦の句が写実的なようで、いつも「虚」の部分に的まとがあって、それが感情で言うとさびしさであるあたり、鴇田智哉そっくりだと思います。生駒大祐は二人の影響を受けているのかな。

あと短評で何度か「キャラクター」という言葉を使いましたが、あとに挙げた四人に共通するのは、作品の的(まと)が本人の作キヤラクター家像を中心に形づくられていることです。

それが過去のたとえば茅舎や草田男とどう違うかと言うと、その「キャラ」が「チョイスされた」ものだという感触があること。どちらも非常に現代的だと思います。

いっぽうで、佐藤文香、福田若之、あるいは御中虫のような書き手がいると、自分を省みて思うところがある。彼らの韻律や言葉のテンションと同等のものが、自分の作るものにあるだろうか、と。あるいは読者として、他の書き手の普通の俳句的構文で書かれた句にも、ああいったテンションを探すようになる。

小澤 理解はしにくいですが、テンションの高さ自体が、すばらしいということはわかります。佐藤さんがこの三人の筆頭にくるんですか。

上田 僕はそう思います。彼らは「自前」で自分の俳句を発見して、一つ間違えば俳句を破って出て行ってしまいそうな安心できない作者ですが、御中虫には彗星のように外から来て俳句をよぎっていく運動を、佐藤文香には、俳句の中心にめり込んでいくような運動を感じます。

小澤 佐藤さんのことだいじにされていますね。

上田 今年、第二句集が出るらしい。『海藻標本』とはがらっと変わったものになるでしょう。楽しみです。

方向は正反対ですが「群青」の若い作家達も気になりますね。彼らはとても優秀なんで、年代が上の人も遠慮せず彼らをライバル視するといいと思う(笑)。

あるいはここ数年、俳壇的に最高の評価を与えられている津川絵理子をライバル視するのもいいし、逆にお手本にする人がいてもいい。

そういう「いくつかの俳句の現在」「いくつかの俳句の可能性」が可視化して、書き手がそこに参入していくような状況が生まれれば、それこそ今、俳句をやっている人が「みんなで面白くなる」ことができる。

小澤 俳句は、年上のものが年下のものに学ぶこともできます。ライバルにも手本にもできるというのはうれしい。そういう存在を探すように『五十歳以下の俳人二百二十人』を読んでみたいです。

上田 同世代にとっては尚更なはずです。そういう意味で、この「五十歳以下の俳人」の特集は、ひとつの希望になりうるのではないでしょうか。


五十歳以下の澤作家


上田 まず感じたのは、「澤」誌の投句の打率の高さ。無難で常識的な、誰が詠んでもこうなりますよねとか、書いても書かなくても同じというような句がない。他のグループで日常的に生まれている句を大量に読んだあとだったので、
特にそう感じました。成功失敗はあるにせよ、一句一句に、書かれる必然性があると感じました。

小澤 うれしいです。書かれる必然性を感じ取っていただいて、ありがたい。

上田 描写の精度が高い。結果、体験がその人以外のものではないところまで追いつめられている。

穂村弘さんが短歌の原理を「生の一回性」という言葉で言いますけど、俳句に「生の一回性」が書かれうるとしたら、これはその一つの形なんじゃないでしょうか。

小澤 描写を踏み込みたいと言っているんです。また、「生の一回性」が書かれているというのも、俳句としては最高の賛辞であると思います。

上田 榮猿丸さん、相子智恵さんに典型的なように、どの人も、その人以外ではない人として個性化を果たしている、あるいはそちらへ進もうとしている。

小澤 そのような存在になっていたら最高ですが、過褒でしょう。

上田 いえ、でも、それは描写を踏み込むことの副産物かも知れません。

僕は、書き手はその人ならではのものが現れないと、作者と呼べないように思うんです。「澤」の方法には、人の個性化をうながすものがあるように思います。

小澤 それぞれが力を発揮しているところに目をとめていただいたことが、うれしいです。

上田 小澤さんは、俳句に現れる個性というものを、どうお考えですか。

小澤 個性をまず求めるということはしたくないです。結果的に個性が滲みだしてくるというならいいですが。人間の個性よりも、ことばひとつひとつの個性や万物それぞれの個性を生かしたいんです。

上田 押野裕さんはいちばん普通の人、常識人という印象ですが、今回引かせてもらった〈新蕎麦の大盛とんと置かれけり〉いいですね。立ち食い蕎麦かなあ、きっと、かけの大盛りを頼んじゃったんですよね。「これがあなたの今日の風雅だよ」というふうに目の前に「とん」と置かれる。このポーカーフェイスの愛嬌はいいなあ。

小澤 押野さんの句が、常識人というように見えるとしたら、それは彼の巧みな表現上の工夫でしょう。あえて殺気を消しているのを感じます。

上田 短評で「艶」と書かせてもらったのは、たぶんそのことです。

小澤 ぼくは立ち食いではなくて、ちょっといい蕎麦屋じゃないかと読みました。笊に盛られた蕎麦の大盛を思いました。「とんと」という擬音語にも笊らしさを感じるのです。たくみな擬音語の使用というものも、「澤」の表現の特徴
のひとつにあげてみたいと考えています。

上田 いわゆる「澤」調は、切れ・構成と、描写の精度と、二つを強く意識することから生まれたものだと思います。

そのベクトルは俳句の伝統の中にあるものですが、方法を押し進めることで他にない凝縮感・緊張感のある文体が生まれている。それはとても新しい、未来を志向するものですよね。

小澤 切れ・構成と、描写の精度か。よく整理していただきました。伝統をふまえつつ、未来へ進みたいです。


俳句の、この先十年について


上田 小澤さんは「新しさ」についてどうお考えですか。

小澤 俳句にとって、もっとも重要なもののひとつです。新しい俳句でないと、驚けませんからね。

上田 言われる通りだと思います。

そしてさっきの話ですが、小手先でない新しさは「個」から発せられるものにしかあり得ません。

書き手は、まだ書かれていないものを書くこと以外は考えなくていいと思うんです。そう考えると、既知の領域で深まることと、未知の領域へ広げることを、等
価に見なすことができる。

小澤 俳句において、まだ書かれていないものを知るためには、俳句をたくさん読み込む必要がありますね。

上田 必ずしもと思いますが、関悦史さんは、まさにそのタイプですね。

ほんとうに、いろんな人がやって来ているなあ。十年前にこのリストを作っていたら、メンバーの顔ぶれや重要度、トレンドや風景がずいぶん違っていたでしょ
う。

小澤 そうでしょうね。「澤」の仲間自体もすこしずつ入れ替わっています。

上田 この十年の変化というものを感じられますか。

小澤 龍太はじめ大正十年前後生まれがぞくぞくと没していったことに寂寥感を覚えていました。それが、いつか新人登場の時代になっていたわけですね。それを、上田さんに教わりました。「澤」も新人登場の一翼を担えているのが、ありがたいです。

上田 今回「五十歳以下」ということで、その上の小澤さんたちがいるフロアを区切って見えなくした。結果、持続するものより、変化にスポットを当てることができたと思います。

小澤 そんな意味もありましたか。

上田 むこう十年、また俳句の風景はがらっと変わっているかもしれませんが、その変化のはじまりは、ここにもう見えているはずなんですよね。

小澤 十年後の俳句の風景はわかりません。心象句全盛がどう変化するのでしょうか。変化しないのでしょうか。それ以前にぼくは生きているでしょうか。「澤」はあるでしょうか。命を惜しみつつ前に進むしかありません。

上田 僕は、あからさまに新しいものを書いていこうとしている何人かの書き手にすごく期待しています。一方で今回、これまで意識していなかった人知らなかった人に、何人も出会うことができた。その人たちの作品がすごく楽しみに
なりました。

小澤 楽しみですね。「五十歳以下の俳人二百二十人」を作っていただいた上に、この対談まで先導していただきましたことに、深く感謝します。


メールにて 2014年6月1日〜19日

1 コメント:

上田信治 さんのコメント...

ここで自分が言わせてもらってる、「新人輩出の時代」「心象優位」のふたつのことは、筑紫磐井さんの書かれるものから得た部分が多いです。

磐井さんは、新人輩出の状況を作ったのは『新撰』シリーズだとされています。「心象優位」については、磐井さんが昭和50年代の「沖」若手について書かれたことと、自分が今回の特集記事制作中に感じたことがクロスしました。

http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-03-23-7065.html

http://sengohaiku.blogspot.jp/2014/02/masakiyuko7.html