2016-03-27

【週俳2月の俳句・川柳を読む】雪が来る予感は恋の始まり  篠崎央子

【週俳2月の俳句・川柳を読む】
雪が来る予感は恋の始まり

篠崎央子

  
雪来るか不思議の色に光る魚  中村 遥

冬の魚市場に立っていた。潮風が微かに雪の匂いを帯びている。そうか今日は雪の予報だ。雪の降らない地に暮していると雪の予報に心が騒ぐ。雪は本当に降るのだろうか。どのぐらい降るのだろう。雪が降ったら街中が真っ白になって電車が止まって、会社が休みになるかもしれない。どうせ降るなら、かまくらが作れるぐらい沢山降って欲しい。かまくらの中で鰯を肴に熱燗でも呑みたいものだ。

広がってゆく妄想の横から、水揚げされたばかりの魚が忙しく運ばれてきた。紅い魚、青い魚、金色の魚。どの魚も鱗が光っていて美しい。魚の鱗は季節ごとに表情を変える。繁殖期に紅色になる魚もいれば、栄養を蓄えた秋に金色に変わる魚もいる。水の温度や気候によっても変わるのかもしれない。雪を孕んだ鉛色の空の下、今にも泳ぎだしそうな魚が横たわっている。それは、雪の予報にはしゃぐ心を映しているかのように見たことのない光を放っていた。

閑さや「       」雪はまだ  川合大祐

「閑さや」と来れば中七は「岩にしみいる」と言いたいところだが、下五が「雪はまだ」なので合わない。さて、この空欄にどんな中七を入れようか。連作で一つの作品になっているので他の句との兼ね合いも考える必要はあるだろう。しかし、今回はこの一句だけで考えてみたい。ここで自分の考えた中七を入れるには実力不足のため、芭蕉の句の中七を入れてみたい。

まずは、よく知られている句から。「兵どもが」を入れると兵どもが雪を待って入るようで面白い。「隣は何を」にすると「閑さや」が活きてくるが「雪はまだ」が浮いてしまう。「佐渡に横たふ」だと佐渡に横たわっている雪がまだ残っているという意味になるか。他には「石にたばしる」「油のような」「奈良には古き」「馬の尿する」「遊女も寝たり」などなど。いったいどんな解釈が成り立つのやら。こんな風に知っている中七を入れると意味が変わってなかなか面白い。だが、この句の中七は、やっぱり空欄のままが一番良い。

セーターに恋の話をしてをりぬ   篠塚雅世

この句の面白さは、色々な解釈ができることである。①セーターを着ている人に恋の話をしている。②脱いだ自分のセーターに向かって恋愛相談をしている。③恋人のために編んだセーターに愛の告白をしている。

①は無難な解釈だがまともな人はこの解釈で落ち着く。ざっくりとセーターを着こなす頼もしい雰囲気の人に、紅茶をすすりながら、気がついたら恋の話をしていた。セーターを着た人は話しやすい異性で、恋の話をしたことがきっかけで紆余曲折の末に結ばれるのかもしれない。乙女感は十分にある。②はかなり怪しい人だ。自分のセーターに恋の話をするなんて、ちょっとやばい。でも恋する乙女とはそんなものかもしれない。自分の温もりの残るセーターを畳もうとして「ねえ、私恋したみたいなの。どうすればいい?」と。この場合のセーターは自分の分身であり、話しかけているうちにどのようなアプローチをすべきか見えてくる。そう考えるとなかなかの有効的手段だ。③だが、今の日本に恋人に手編みのセーターを贈る乙女が存在するのか。そして編みあがったセーターの前で告白の練習。狂っている。

だが私の一押しの解釈は③だ。いつか、恋人が着てくれるかもしれないセーターに「実は私、恋わずらいをしているの。聞いてくれる?」と問いかける。その後に続く言葉は勿論、「相手は貴方なの」と、素直に言えればいいのだけど。

待ち人は自転車で来る冬菫   下楠絵里

待ち合わせ場所で人を待っているときの緊張感は、何歳になっても変わらない。待ち人が恋人であればなおさらだが、友人であっても仕事関係の人であっても手に汗をかいてしまう。待ち人は、どの方角から来るのだろうか。右か左か、それとも正面か。目があったらどんな顔をすればいいのか。急に待ち人の顔が思い出せなくなって、道行く人の全てが待ち人に見えてくる。そうかと思うと、今日の髪型は失敗だったとか、靴の選択が間違っているのではないか、顔にゴミでもついていたらどうしようなどと、とめどなく妄想が広がってくる。

今日の待ち人は自転車でくるはずだ。自分の抱えているはち切れそうな不安や妄想を一瞬にして消し去ってしまうような爽やかな笑顔で現れるのだろう。待つというときめきと緊張感が不意に照れくささに変わり、足元を見つめた。冬の日差しを浴びた薄紫の小さな花が幽かに震えていた。

舌の裏熱し辛夷に俄雨   トオイダイスケ

舌の裏が熱いと感じるのはどんな時だろう。普段の生活の中で、舌の裏の温度など考えたこともない。舌の裏の温度はいつも熱いのか、それとも何か特別な理由で熱いのか。俄雨が激しく辛夷を叩いている。柔らかい辛夷の花びらが絡み合って雫が零れていた。そんな光景を思い浮かべていたら、不意に舌の裏が熱くなってきた。

辛夷の花は傷みやすい。俄雨にあたっただけでも変色してしまう。実は、舌の裏も傷みやすい。ポテトチップスを食べただけで切れてしまうことがある。切れた舌の裏には、違和感がある。舌をくちびるに載せて確認すると傷の部分だけが潤んでいるような感触がある。傷の部分がくちびるに触れると舌全体に痛みが走る。傷の場所を確認するこの行為は、痛みが引けるまで無意識に行なってしまう。自分の舌の裏が熱いかどうか感じるのは、そんな時ぐらいだ。もしかしたらこの句の舌の裏は自分の舌ではないのかもしれない。


第459号 2016年2月7日
中村 遥 光る魚 10句 ≫読む
川合大祐 檻=容器 10句 ≫読む
篠塚雅世 水草生ふ 10句 ≫読む
第461号 2016年2月21日
下楠絵里 待ち人 10句 ≫読む
第462号 2016年2月28日
トオイダイスケ 死なない 10句 ≫読む

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