【週俳12月の俳句を読む】
待春の空
小林すみれ
ゆふぐれの茶の花に屈んでをりぬ 岸本由香
茶の花はひっそりと咲く。最近では気候の変化で早い時期から咲いている。うっすらと香る、葉に隠れるように咲く白くて可憐な花だ。日の傾いた茶の木に屈んでいるのは誰だろう。夕闇にまぎれてしまいそうな少し淋し気な少女の姿が浮かんできた。
餅を搗かなければ話してあげない 松井真吾
餅を搗けば話してくれるのだろうか。そこは微妙だ。「話してあげない」と言っている相手は大変強気である。愛されていることを知っているのだ。駆け引きに負け、餅を搗くことは定めなのだ。口語が若々しく効果的である。
恐竜の爪ぬらぬらと冬に入る 桐木知実
圧倒的な迫力のある一句。この恐竜は肉食系のスピノサウルスかティラノサウルスなのではないだろうか。目の前の爪さえもぬらぬらと大きく、存在感があるのだから。じきに恐竜のような本格的な寒さがやって来る。
天井の迫ってきたる避寒宿 鈴木総史
昔、祖父母の家の天井には木の年輪などがあり、幼い兄弟や従兄弟たちと怖い話などした後は、年輪が人の顔に見えたりしてなかなか寝付けなかった。普段は天井など意識しないのだろうが、寒中の宿で外の厳しい寒さや風が胸に迫り、少し憂鬱な気分になってしまったのではないか。しかし、日一日と日が伸び、日の温もりが感じられる春はもうそこに来ている。
短日の意訳のつづく字幕かな 滝川直広
映画の意訳とは空気を読むということだろうか。間やリズムが絶妙で、言葉も省略されている。時々英語のセリフを聞いて、意訳にえっ!となることはあるが。作者はエンドロールまで画面を追って座っていただろうか。暮れが早く、何かと忙しないこの時期こそ、少しでも豊かな時間を持ちたいものだ。
ハンガーを捨てるきれいな冬休み 上田信治
溜ってしまうハンガー。その数だけかつて服も存在していた。ハンガーだけではなく部屋中を整理したのだろう。整理整頓は体と頭をフル回転させる大仕事だ。暮しの中でいつの間にか溜ってしまう不要なもの。しかし、ひとつひとつに思いがあり、なかなか捨てられない。だからこそ、成し遂げた後は清々しい気分になる。そんな部屋で冬休みを過し、来たる春を迎えるのだ。
太陽の廃液に打たれる鯨 福田若之
「鯨」連作の中の一句だ。太陽は神々しく、万物を包んでくれるものと思っていたので、〈廃液〉という言葉に立ち止まってしまった。太陽の廃液に打たれてしまうなんて残酷だ。信じていたものに裏切られた気分になる。この鯨はパサージュの中を泳いでいる自由のない生き物なのだろうか。苦しみというオキアミを食べ、生き永らえているのかもしれない。絶望の先に穏やかな海が見えるといい。
冬晴や巣鴨プリズン跡に猫 村田篠
巣鴨プリズンの跡地にはサンシャインシティー60が建っている。その敷地内の公園には、「永久平和を願って」という跡地を示す石碑がひっそりとある。この土地にまつわる歴史を知ると気が塞がれるが、そこで猫が当たり前のように寛いでいる光景は心が和む。冬晴れの圧倒的な空の下、猫は「何でも知っているよ」と言うように宝石のような眼を向けてくる。
夜遊びは夜空のやうな毛皮着て 西原天気
夜空という表現にロマンがある。最近はあまり毛皮を着ている人を見かけなくなったが、夜遊びの街に繰り出すと、俄然存在感を発揮する。街の匂いや、高揚感などがしみ込んだ漆黒の一着。若者が集まるざわざわとした場所より、静かな路地裏のバーなどが似合いそう。
冬ざれの汀に尻尾垂らしをり 岡田由季
あまり色のない冬の景色の中で、尻尾が差し色のように存在している。北風の吹く中、汀に尻尾を少し濡らし、信頼している飼い主と静かに並んでいる。さびれた風景の中でそこだけがほのと明るい。寒さの中に温もりを感じさせてくれる一句。
2018-01-21
【週俳12月の俳句を読む】待春の空 小林すみれ
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