2018-06-10

【俳人インタビュー】堀下翔さんへの10の質問

【俳人インタビュー
堀下翔さんへの10質問


質問:西原天気
Q1 今週、何句作りましたか?

3+およそ70で73句ほどです。水曜日に東大俳句会の句会があり、3句というのはそこでの席題です。持ち寄りが5句ありますが、それは先週書いたものなので、含めず。

およそ70句というのは、金曜日から日曜日まで隣県のいわき市に単身で吟行旅行に行ったときのものです。4月に院進して以来、体が空かず、しばらく吟行に行けていなかったので、一念発起して旅に出た次第です。一日あたり20句弱というと、「俳句スポーツ説」的には少ないほうかもしれません。ただ、ものを見て、書き込み、書ききるという作業をはじめると、これくらいなのかな、と感じます。ちなみに席題の機会以外で俳句を机上で作ることはほとんどしないので、吟行をさぼっている時期の作句はゼロということになります 。

Q2 松坂桃李さん、もとい堀下さんの、今朝起きてから2~3時間の行動をできるだけ詳しく(公表できる範囲で)教えてください。

まず「松坂桃李」というのが読者の方に伝わらない気がするので補足しておきますが、これは僕が松坂桃李君に似ているという俳壇の新常識です。高校時代、友人の妹さんに指摘されて以来、いまだに事あるごとに喧伝しています。口元とかクリソツですね。

さて、今朝(5月28日)の行動ですが、

7:30 起床。スマホでTwitter(アカウント3つ)とlineとFacebookをチェック。

8:30まで 朝飯(茄子を炒めてめんつゆをかける)。それから頭が働くまでぼーっとするのが日課です。チャンネル登録しているyoutuberの動画が旅行中に更新されていたのでいくつか目を通しました。動画は以下の通り。

QuizKnock〈究極の心理クイズ!チームワークでかぶらず解答、あなたならどうする?【登録者20万人ありがとう!】〉https://www.youtube.com/watch?v=_3GyHst62do

米村でんじろうサイエンスプロダクション〈宇宙からの隕石を叩いて包丁作ってみた〉https://www.youtube.com/watch?v=kCiyMOeR8ns

9:45まで 句帳をひらき、いわきでの句を推敲。旅先の宿で大部分を済ませていたので残りは数句。推敲は、たとえばこんなふうに。

初案;垂れてゐる花擦れあへり燕子花

「てゐる」という引き伸ばし方は気に食わない。

第二案:かむさりし花擦れあふや燕子花

こうすれば、「てゐる」は解消されます。「かむさる」という動詞にしたことで、どの部分が擦れるのか、よりクリアに見えるようになりました。「や」にマイナーチェンジしたのは好みです。ここ数年ほぼ使っていなかった「や」を岸本尚毅さんや宇多喜代子さんの影響でさいきん使うようになりました。どういう影響なのかは説明が煩多なので省きます。

ただ、「~しあふ」という描写は写生句の常套。「かむさる」を活かして、

第三案:葉の尖にかむさる花や燕子花

とする。かむさっているんだから、擦れているのは自明でしょう。この重なりを省けたのはよかった。と、ここで、「花」という字が重複していることに気づく。

第四案:葉の尖にかむさる花や杜若

これなら「花」の字が障りません。

第四案’;葉の尖にかむさる瓣や燕子花

とする手もありますが、「瓣」というのはちょっと「自然の真」が強すぎる感じがするので採りません。

第五案:葉の尖に花かむさるや杜若

こういう語順もあるか。これは少し悩みます。ただ、「葉の尖にかむさる花や杜若」だと花弁に焦点が当たるのに対して、「葉の尖に花かむさるや杜若」だと杜若の姿全体が見えるような書きぶりという気がしないでもありません。こういう句の場合、画角はより狭いほうがいいでしょう。

よって第四案の〈葉の尖にかむさる花や杜若〉できまり。もっともこの推敲が妥当なものかは俳句の神様に聞かなければわかりません。

10:30まで 授業は午後からですが、大学に行くことにしました。この間買った『新装版 青山剛昌短編集』(小学館、2011)を再読したい気も一瞬しましたが我慢。これに入ってる「夏のサンタクロース」(「週刊少年サンデー」昭和62年15号初出)がすごくおもしろかったのですね。

チャリで15分で大学の図書館につきます。今日中に返さないといけない某誌の俳句作品の著者校に手をつけます。「蟾蜍」に「せんしょ」とルビを振って提出したら「センジョ」ではないかとアカが入ったのです。『日本国語大辞典』で引いたらたしかに「センジョ」で立項されている。けれどもガマの油で有名な筑波山あたりでは「センショ」と読んでいるんですね。これはどうしたものかと、いくつか辞書を引いたり考えたりしているうちに、授業の予習をしていなかったのでいったん離脱、のこりはあとで調べよう……といったあたりがご質問の「2~3時間」の行動です。

Q3 俳句に似ているものといえば?

ありません。俳句は俳句ですし、俳句にもいろいろありますから。

ただし、初心者の高校生に俳句を教える仕事をすることが多く、その時には、陳腐な「あるある」を避けるために、お笑いを例に出しています。「あるある」ネタにも笑えるのと笑えないのがあるだろう、と。ダンディ坂野の「信号を渡ろうとしているおばあちゃんを負ぶってあげたらおばあちゃんが行きたいのは反対側だった」はダメな「あるある」。コウメ太夫の「偏差値の低い高校に入学したら先生がチンパンジーでした」は論外。さいきんいろいろやってる横澤夏子は共感性が絶妙でいいですね。横澤夏子はわりあいにモノマネ枠で出ているときも多くて、そうなるとついでに「写生」を「とんねるずのみなさんのおかげでした」内のコーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」に例えるということもします。「細かすぎて…」の逸品は俳句に活かせる視角を持っている気がします。中垣みな・マーナの「レコーディングでアドバイスを求める工藤静香と曲を手掛けた中島みゆき」なんてのはすごくいいですね。

でも、まあ、それはモノのたとえであって、俳句とお笑いは別物です。

Q4 現在お住まいの町は、どんなところですか?

茨城県のつくば市に住んでいます。ここは研究学園都市ですが、なんでそうなのかというと、高度経済成長の時代に首都機能がパンクしそうになって、それで、関東圏で空いている土地・つくば市に研究施設を移したわけです。いまでも1960年代までの田園風景と、1970年代以降の研究都市的な風景とが奇妙に同居しています。最新の研究施設がある一方で、1985年のつくば科学博に代表されるような、古臭い未来の残滓みたいなものも見られて、これはこれで興味深いです。

Q5 触り心地が好きなものってありますか?

同じ質問に畏友大塚凱君が「タオルの端」という気持ちの悪い回答をしていましたが、驚くべきことに僕は「タオルの布地」です。就寝時、タオルの布地が顔や首元に触れていると落ち着きます。東京でよく泊めてもらう友人はこの悪癖を見破り、さいきんは「これがほしいんだろ?」といって専用のタオルを常備の寝具とは別に用意してくれるようになりました。凱君ともども幼児っぽい癖がなおっていなくて恥ずかしいです。

Q6 どういうわけか、雄鶏を一羽飼うことになりました。名前を付けてください。

「シャラク」ですね。中学時代は劇作家になって岸田國士賞を取るのが夢でした。そのころ書いていた戯曲に、「知能を持ったパソコンが学校の中にいて、生徒とコミュニケーションを取る」という設定のものがあります。コンピューターの名前が「シャラク」でした。人間とコミュニケーションが取れるなら人並みの名前がいい、でも今風のだと紛らわしいから昔の人の名前になった、というくだりを作中に書きました。いまペットを飼うとしても同じ考え方をします。ただしさいきんは珍しい名前の子も多いですから、どこかに「シャラク」氏がいるかもしれません。考えものです。

Q7 10年後は何をしていると思いますか? どんな状態でいたいですか?

進路の現状から推測するに、運が良ければどこかで学究をやっているでしょうし、運が悪ければ野垂れ死ぬか、いまは想像しえない仕事をしているでしょう。場当たり的なニンゲンなので、何をしているか想像がつきません。

夢のある話もしておきます。僕の人生で唯一、なんの実益のない趣味が、昭和中期までの芸能史を漁ることです。特に徳川夢声が関心の的なので、専門家の濵田研吾氏いわく百冊以上あるという夢声の著書をちびちびと集めながら、当時のことに思いをはせるという時間を、10年後にも楽しんでいるといいなあと思います。

Q8 目が覚めました。何十時間も眠ってしまったらしく、おなかがぺこぺこです。何を食べますか。

茄子が大好きなので冷蔵庫には茄子を常備してあります。味付けは適当にポン酢やめんつゆなど適宜。それにばさばさと七味をかけます。不健康を承知でたっぷり油を吸わせたやつの舌触りは最高ですね。どんなに過度な空腹で腹や喉が弱っていても、これだけはいけます。
 
Q9 好きな自然現象について、教えてください。

劉希夷の「代悲白頭翁」という七言古詩に、

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

というくだりがあって愛唱しています。毎年同じ花が咲くのはうれしいです。これって自然の神秘だと思いますよ。

Q10 ここ最近でいちばん笑ったことを教えてください。

句会に行ったとき、句帳と間違えて「電話帳」と表紙に大きく書いたノートを持っていってしまいました。これ、なにかというと、電話のときに話した内容をメモしておくためのノートなのです。僕は酔うと誰彼構わず電話をするヘキがあって、翌朝お酒が抜けるとどんな話をしたのかすっかり分からなくなってしまうものですから、これは人生の時間の無駄だと、電話の内容を随時書き留めておくようにしているのです。句会の仲間に「そのノートはなんなんだ」と言われて、事情を説明したら「キモすぎる」と言われました。

その始終を見ていた親しい友人と後日会ったとき、「あれって仕事用のノートだったんでしょ、うまくごまかしたね」と言われました。というのも僕は、まだ公にはなっていませんが、いま、「電話」に関わるある調査をしています。それを知っていた友人は、情報解禁前の仕事を隠して、とっさに巧妙なウソをついたのだと理解していたのです。

「いや、あれほんとの話だから」
「え、キモ……」

と、相爆笑の顛末。


堀下翔 近作自選十句

金柑のあるとき赫し満目に

かりばねや時雨くはしき浦の空

指にこそ霜恋しけれ岩田帯

花剥きて白さゞんくわの蜜わづか

手ののちを水にしたしむ冰かな

春栗烈なかんづく君むなしきに(鷺沢萠の命日に寄せて 六句うち一句)

花びらの鈍き手ざはり土佐泊り

梅東風に荒々と蛸煮てゐたり

坂道に風の和したる桜かな

美しやいよゝ日永の箸の束

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