2018-09-09

【山田耕司句集『不純』を読む】 時空をもてあそぶエロさ  山田航

特集【 山田耕司句集『不純』を読む】
歌人から見た『不純』
時空をもてあそぶエロさ
  
山田航

歌人である私でも、山田耕司が「少年兵追ひつめられてパンツ脱ぐ」の作者というぐらいのことは知っている。やっぱり一度読んだら忘れられないインパクトの強い句だ。でもこの句のせいで無季俳句の人なのかなという印象もついてしまっていた。

その印象は完全に間違いでちゃんと有季俳句の人であることがこの『不純』という句集のおかげでわかったけれど、季語の使い方がキッチュであるとは感じた。装画に日本画調のタッチで現代風俗を描いた山口晃の絵を起用したことにも通じているが、時代がかったレトリックを用いながら現代風俗を描こうとしているような印象を受けた。現代アートの王道的手法を俳句に導入しているといえるのかもしれない。

エビフライずれてをるなり紅葉山
古池や押すに茶の出るボタンA
にんげんに名札をくばり蛍狩
春爛漫すまんヤキソバパンふにやり


このあたりの句にみられる江戸と平成のドッキングは、なんだかとっても変態的な感じがして、それがなんだかセクシーにすら感じられてしまう。時間軸を歪めるという行為はとてもドキドキする快感だ。ツギハギしてばらばらに組み替えるというのも楽しいけれど、こんなふうにかけ離れたものをぶっつけてしまうのもたまらない。

言葉選びの洒脱さなどは長嶋有の口語俳句にも通じるものがある。ただ、長嶋有の俳句がどこまでも現代日本を背景としているのに対し、山田耕司の俳句は現代の風景の中に突如浮世絵のようにデザインされたキャラクターが入り混じってくるイメージで迫ってくる。

私の知人に橘内光則という画家がいる。徹底的に写実的な絵を描くハイパーリアリズムの画家なのだけれど、現代日本の写実的な風景の中に曾我蕭白や北斎漫画のキャラクターが小人のように入り込んで遊び回るという絵をいつからか描くようになった。山田耕司の俳句を読んで思い出したのは、その絵だった。山口晃も句集の装画にすばらしく似合うが、橘内光則も俳句に似つかわしい画家だ。

時間軸をもてあそぶ姿をセクシーだと思えてしまう感覚は、一般にはなかなか分かってもらえるものじゃないんだろう。でもこの句集には時間軸をいじってしまうエロスがわかりやすくあらわれている句も少なくないと思う。

白梅よ散りなさい廃船よ黙りなさい
春それは麦わらを挿す穴ではない
向日葵よ目隠しは本当に要らないんだな
鶯やしやぶるくちよりでるめだま


実際のところこれらの句は何らかのメタファーではないのだと思う。春は春だし向日葵は向日葵でしかない。それでもどうしようもなくエロスを感じてしまうのは、言葉に対してどこまでも力んでいないからだろうか。

俳句の力みのなさは歌人からすると羨ましい。



>> 左右社HP『不純』
 

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