2007-08-26

ホテルの愉悦 小野裕三

俳句ツーリズム 第8回
横浜篇
ホテルの愉悦
 ……小野裕三


ある週末の朝。自宅でごろごろしていると、妻が突然「どこかに行きたいな」と言い出した。妻は現在妊娠中であるため、あまり遠出はできない。そんなわけで、今年は夏休みに一緒に出かける旅行の予定もなかった。だが、さすがにずっと家にいると退屈してきたらしい。その言葉を聞き逃すことなく、僕は「じゃあ、どこか出かける?」と応酬する。

「でも、近場ね」
「近場ってどこよ? 伊豆とか?」
「ううん、横浜とか」

ということで、僕が携帯電話のネットで「横浜」×「本日泊まれる」×「よさそうな」ホテルを探す役割となった。候補はいくつもあったのだけれど、JRの駅前にあって外見もそんなに悪くないホテルがある。おまけに、「スパ&リゾート」とも書いてある。夏休みにはうってつけかも知れない。

そんなわけで、一時間後には夫婦ふたりで自宅を出てJRに乗った。乗車時間は実はせいぜい十五分程度。日が照りつける中を、駅前から歩き出す(写真1)。こっち方面だけどなあ、と言いつつ歩く。炎天の中に、ホテルを発見。これだよ、これ、と指をさす。さほど豪華でもないが、こぎれいな感じのホテルが歩道橋の向こうに建っていた。

妻とは昔から、東京近郊のホテルを泊まり歩くのを趣味のひとつにしている。趣味というか気分転換というか。いちばん最近に泊まったのは(と言っても一年くらい前だったか)、横浜のランドマークタワーの中にある横浜ロイヤルパークホテル。ランドマークタワーに泊まりたいという妻の言葉に唆されて泊まったのだが、当然ながらけっこう高くついた。

以前、新宿のパークハイアットで食事がしたいと言われたときには、パークハイアットは食事だけにして宿泊はすぐ近くのワシントンホテルというリーゾナブルなコースにした。ワシントンホテルはお台場にもあって、そこにも泊まったことがある。窓から東京ビッグサイトが見下ろせて不思議な感じだった。

東京都内のホテルで気に入ったのは、上野にあるソフィテル東京で、へんてこな外観ながらこぢんまりと上質なホテルで楽しめた。ところが、このソフィテルも現在は解体作業中ということでいささか残念。

ところで今回のホテル、特に高級なホテルでもないのだが、ホテルの内側が最上階まで吹き抜けになっていて、確かにどこかリゾートホテル気分だ。我々の気分も少しばかり高揚する。部屋も普通のしつらえの内装ではあるが、居心地は悪くない。さっそく妻は部屋着に着替えると、だいぶ大きくなってきたお腹をごろんとベッドに横たえる。あとは別にやることがあるわけでもなく、ただそれぞれに寝転んで読書を始める。

僕が持ちこんだ本は、吉本ばななの『マリカの永い夜/バリ夢日記』。最近吉本ばななに凝っているというのもあるが、リゾートっぽい気分をなるべく演出するためにはバリ島の旅日記は最適ではないかと思った次第。妻は妻で最近は丸谷才一や夢枕獏など読んでいるが、なんだか脈絡がない。

かくして、横浜市内のホテルの空調の効いた部屋で、バリ島旅日記の読書がスタート。この旅日記はいささか不思議な旅日記で、と言うのもタイトルが「夢日記」となっていることからもわかるように、作者がバリで夢を見るのだが、それがなんと不思議に現実とリンクしているのだ。正夢というのとも違うのだが、バリ島が持つ世界観(例えば、有名なバロンとランダに見られる、善と悪の永遠の戦い)が夢となって現れる。ふうん、と思いつつ、あの島ならそういうこともあるかも知れないと考える。

バリ島には僕も学生の頃、行ったことがある。地球上で好きな場所を三つ挙げよと言われたら、きっと僕はバリ島をそのうちのひとつに入れるに違いない。あの森の深さ、絵画や彫刻に溢れた美しい建物、独特の音楽や踊り、やさしい人々、そして庶民向けの汚い飯屋――すべてが混然となってどこかうっとりとした気持ちにさせる。

バリ島は、行く前からいろんな話を聞いていた。独自の風習として壮麗な葬式が行われる島、そして黒魔術といった儀式が今も生きている島。それにしても、文中で吉本ばなな一行が泊まっているホテルは(もちろん取材旅行だからということもあるのだろうが)、超豪華なリゾートホテルのようでどうにもうらやましい。

夕方近くになって、地階にあるという大浴場に行ってみるが、「え? これが大?…浴場?」というくらい、こぢんまりとした浴場。おまけに同じフロアにカプセルホテルも併設されていて、バリ島の高級スパ&リゾートホテルに足元も及ばないのは仕方あるまい。それでも、そのホテルには浴場の隣にプールが設置されていた。ちゃんと、リゾートというコンセプトは守られてはいるのだ。

「お風呂、どうだった?」
「ん? 普通」

部屋に戻ったあと、そんな簡単な会話でお風呂の話題は尽きる。そして、夕食。最上階にあるフレンチ・レストランというところに行く。値段の割になかなか美味。窓からは横浜の夜景が見える。妻との会話は、吉本ばななの話から干刈あがたの話、なぜかそのうち「今はいずこ」の感のある椎名桜子にまで話が及ぶ(ちなみに、ネットで調べてみると彼女には「水中写真家」という肩書きが増えていた。一体、いつの間に?)。

食事後は、近所のコンビニに買い出しに出かける。アイスクリームや缶入りのウィスキー、ポテトチップスなどを買い込む。こういう何気ない買い物が実に楽しいのだ。かくして、横浜の夜は更けていく(写真2)。

                 ★

翌日、やや寝坊をした我々はいそいそと朝食へ。僕はこの、ホテルでのバイキング形式の朝食というのが好きだ(写真3)。銀色のお盆にソーセージやらスクランブルエッグやら、少し離れて黒いお盆にきれいに切られたかまぼこやら干魚やら、そんなものが並んでいるのを見るだけでにこにこしてしまう。冷えたトマトジュースとオレンジジュースと牛乳がガラス瓶に満たされて綺麗に並んでいるのを見ただけで嬉しくなる。

なかなかいいホテルだったね、と言い合いながら、再び部屋でごろごろしたのちチェックアウト。近くに古本屋があったので、しばらくそこを覗く。自宅までは、また十五分ほど電車に乗るだけだ。

そんなわけで短く手軽な旅行ではあったが、不思議と楽しめた。旅行の楽しさの多くの部分が、実は宿の楽しさや食事の楽しさにあると思う。しかも、ホテルに泊まって眺める街は、いつもとはどこか違った街に見える。だから、街中のホテルでも選択さえ誤らなければ、充分に旅行気分を楽しめる。

  うらゝかな朝の焼麺麭(トースト)はづかしく  日野草城

ホテルと俳句と言えば、俳句史上に有名な日野草城の「ミヤコホテル」連作がある。上記の句はそこから引いたが、ホテルなどといった都市文化的なものに対する感性は日野草城もそうだが、例えば西東三鬼なども含め(三鬼の場合は「空港」連作などがすぐに思い浮かぶ)、昭和初期の俳句のほうが感度のよかったような印象がある。たぶん、まだホテルという存在自体が新鮮だったのだろう。今となっては、ホテルなんてビジネスホテルやカプセルホテルも含めごまんとあるし、いささか感覚が慣れっこになっているのは仕方あるまい。

吟行俳句は当然ながら世の中にいっぱいあっても、ホテル自体を詠んだ句は意外に多くないように思う(旅館であれば「月光旅館」〔編註*〕などがすぐに思い浮かぶが)。きっと多くの俳人が、ホテルを俳句に詠むことを無意識に避けているのか、あるいは適切でないと思っているのか、あるいは単に失念しているのか。けれど、旅の楽しさの多くは、実は宿自体にあるのだ。東京のホテルでもいい、バリ島などのリゾート地のホテルでもいい、もっと上質なホテル俳句があってもしかるべき。「俳句ツーリズム」を掲げる本エッセイとしては、大切なテーマにしていきたい。



〔編註*〕高柳重信「月光旅館あけてもあけてもドアがある」。



写真撮影:小野裕三

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