2007-09-30

『俳句界』2007年10月号を読む 五十嵐秀彦

『俳句界』2007年10月号を読む ……五十嵐秀彦



今月号の特集は「現代俳句にとって『ホトトギス』とは何か」である。
今回の「読む」は、この特集について紹介したい。

まず、稲畑汀子のカラーページのインタビュー記事から始まり、つづいて坂口昌弘の総論「誤解されて啼く『ホトトギス』」、そして論考2篇。
ここで実は私が書いている。拙論「正しい伝統俳句という名の迷路」。
そして、橋本直の「現代俳句にとって『ホトトギス』とは何か」と並ぶ。
評論はここまでで、対談・稲畑廣太郎と坊城俊樹の「前衛が伝統になる日」が続く。司会は筑紫磐井。
特集の最後はアンケート「ホトトギスと私--戦後生まれの俳人はホトトギスをどう見ているか」で、70名の戦後生まれ俳人にホトトギスについて聞いている。

今回の企画は私も寄稿したが、編集部の企画の意図をよく理解した上で書いたわけではなかった。
本誌が送られてきて、初めて全体像が見えたのである。
まず、原稿依頼に際し、〈現代俳句にとって「ホトトギス」とは何か〉というテーマで書いてくれと言われた時点では、このテーマは私用のテーマで、他の人は別な切り口でホトトギスを語るのかと思っていた。
ところがこのテーマは全体を覆うものだった。
冒頭の稲畑汀子を除いて、俳壇の重鎮的な人物の意見は載っておらず、アンケートも「戦後生まれ」という条件で回答者を選んでいる。
座談会ではホトトギスの次の時代の主役の稲畑廣太郎と坊城俊樹に、筑紫磐井をからませている。
どうやらこれは「現代俳句にとって」というより、「戦後世代にとって」というところがポイントとなっているようだ。
そういう切り口もあるだろう。
評論を担当した私を含めた三人の論調に、何かとまどいのようなものが見えたのは気のせいか。


稲畑汀子のインタビュー「十歳から俳句を始めて」は、特に発見もない内容だった。
まあ、こういうふうに言うしかないわなぁ・・・、というところか。
それにしても血縁継承を当然とする「ホトトギス」には不思議な母系集団の匂いがする。その点も文芸集団としては異色か。
シャーマン汀子のオーラのみが感じられる記事だ。


坂口昌弘の総論「誤解されて啼く『ホトトギス』」を読む。
ややわかりにくいところもあったが、「ホトトギス」は虚子のアニミズムを今も継承しているという評価にもとづいて論じられているようだ。
日本人の精神の霊性に花鳥風月の根を見ているところは私も全く同意見だ。
あるいは虚子もそうした詩人であったと言えるかもしれない。
それも同意できる。
けれどこの論は「ホトトギス」結成から現代に至る流れと、日本人の霊性とを一緒に論じているかのようにも読み取れた。では現在「ホトトギス」はそのことについて、どのような存在であるのか、そこがよく伝わってこない。
できればそれが知りたかった。
俳句と日本人の精神史が深くかかわっていることは十分理解できるし、今、そのことが俳句の世界でないがしろにされていることもわかる。
しかし、だからといって「ホトトギス」が、はたして真の伝統の孤塁であろうか。
誤解されがちな「ホトトギス」を霊性という視点、あるいはアニミズムという視点で再評価する論旨であるとすれば、さらに今という時代に生きる私たちにとっての「ホトトギス」の意味にもっと踏み込んでもよかったのではないか。
いずれにせよ、大変に感心しながら読ませてもらった。


拙論「正しい伝統俳句という名の迷路」は、現在の「ホトトギス」が掲げるスローガンへの疑問から、伝統俳句というものが実在するのか、言い換えれば、現代俳句は存在するのか、そのあたりへの素朴な疑問を書いてみた。
自論を自分で解説するのは愚であるので、多くは語らず、次に移る。


橋本直の「現代俳句にとって『ホトトギス』とは何か」。
この論考でも伝統に関する考察があり、俳句と歌舞伎とを比較している。

《この約百年の間保守を任じ、内側に閉じてきた結社ホトトギスに、引用した歌舞伎の逸話のような、日常の言葉から浮上し練り上げられた独自の伝統としての表現の型とそれに結びついた心身の理解の文脈の継続、いわば俳句の美学の土台とでもいうべきものはあるのだろうか。もしそのようなものがあるとすれば、それは現代の俳句にとって重要な資産の一つと言えるだろう》

歌舞伎の「身体と心の型」が俳句にも当てはまるのでは、という仮説は興味深い。

坂口、橋本、両氏ともに、「ホトトギス」というキーワードから「伝統」への考察へと向っている。そのことには私は少々違和感を持つ。
「ホトトギス」の主唱する俳句はすぐれて近代的文芸であって、正直いって伝統というものをそこから私には感じ取れない。
有季定型という概念は近代において言い出されたものであり、そこをとって伝統というのには無理がある。
花鳥諷詠は確かに伝統であろうが、虚子追随者たちの花鳥諷詠と、中世・近世の雪月花がイコールであるとも思えない。
「ホトトギス」を伝統の守護者とは簡単には言えないのじゃないか、と両氏の論を読みながら思った。


対談「前衛が伝統となる日」は、対談と銘打ちながら、読むとこれが、稲畑廣太郎、坊城俊樹、筑紫磐井三氏の鼎談となっている。
ここでも伝統が話題となるが、筑紫磐井の次の発言に奇妙な印象を受けた。

《結局は俳句の伝統は虚子から始まる伝統です。そう考えると伝統俳句協会という名称には正当性はありますね。》

《古い伝統ってそれこそ「月並」なんですよ。いま皆が言っている伝統ってそれじゃないでしょ。》

筑紫氏にとって「伝統」とはそのようなものなのか。それともジョークか。理解に苦しんだ。

この対談の中で紹介されている「ホトトギス」の同人の概念は実に面白かった。
昭和30年の「社告」で虚子が堂々と次のように述べていたのだそうだ。

《同人は虚子一個の或る意味に於ける親密なる人といふわけである。(略)決して俳句が優れてゐる人といふことに限つてゐない》

なんだか実に虚子らしい発言で笑えた。虚子のいいかげんさというか懐の深さが見える。
けれど虚子がいくらそう言っても、同人が権威化して、ありがたがられているのが実態なのではないか。

坊城氏はこう言う。

《だからね、どこの結社もそういう意味では同人がうまいとは限らないでしょう。長老でなっている人もいるし、キャリアと、それから主宰に立ち入ってしてもらった人もいるだろうし》

う~ん。語るに落ちてしまったか。
この対談というか座談会は、軽妙でユーモアも散りばめられ楽しく読める風でありながら、私は読み進むにつれて胸が悪くなってきた。
筑紫氏がこう言っている。

《「ホトトギス」が残らないと俳句全体がなくなっちゃう。プロ野球ってのは巨人軍とアンチ巨人軍でもっているわけですから、巨人軍がなかったらアンチ巨人軍の存在意義はないわけですから》

正直言って、まだそんなことを言っているのか、と思う。
さらに坊城氏と筑紫氏の次のやりとり。

坊城「たしかに周りがよくないですね。アンチホトトギスがだらしなくなったようです。」
筑紫「藤田湘子さんによくないところがあったと思うんです。ホトトギスの文化を俳壇全体に広めちゃったんですよ。」
坊城「虚子信奉があからさまにでてしまった。三橋敏雄さんもそうでしょ? 三橋さんもある意味虚子に対する思いがあって、虚子百句もやっていましたし、黒田杏子さんやらなんやらみんないれてしまうと、アンチは磐井さんくらいしかいなくなっちゃう。」


藤田湘子、三橋敏雄、黒田杏子たちは、こういう括り方のできる存在か。
なんだか気分が悪くなってトイレに行きたくなってしまった。

後味の悪い座談会。私にはそう思えた。


企画の最後は「ホトトギスと私」というアンケートで、戦後生まれの俳人に「ホトトギス」について問うたもの。
まずこのアンケートの問いがものすごい。

問1 ご自身の最近の句作に伝統的な「ホトトギス」の句風が反映(ないしは影響)しているとお思いでしょうか。
問2 「ホトトギス」の業績は俳人のみならず日本人一般の感性や物の見方に影響を与えてきたとお思いでしょうか。
(ひとつとばして)
問4 ずばり、「ホトトギス」の功罪は?


今回の企画の意図がここで丸見えになる問いである。
問いそのものに疑問満載という感じはあるが、よく皆さん回答を寄こしたものだと感心してしまった。
問1、問2に関しては、「ホトトギス」という括りで質問が成立するのか疑問とする意見が多かった(当然)。
問4の回答の中で、世襲制度(家元制度)を功罪の「罪」として挙げた人が8人。
意外と少ない。
これはたぶん「ホトトギス」以外の結社でもしばしば見られることだからだろう。

回答の一部を紹介しよう。

河内静魚(毬)「(功)伝統に貢献した。反対派にエネルギーを与えた。(罪)自信の裏返しで、異端の功罪について無関心の俳人を多く輩出してしまった。」

如月真菜(童子)「俳句を作ってゆくことに功罪があるのだろうか? 他の結社ではまず、「功罪」などと言われることはないだろう。そこがすごいと思う。」

三宅やよい(船団)「花鳥諷詠を本尊とする信仰のもと退屈する俳句を山ほど生みだした。その中から体調が悪いときでも読める俳句、いつ読んでも飽きない俳句が残った。」

田中哲也(小熊座)「(略)花鳥諷詠の底にある虚子の虚無感が忘れられている気がします。」


「ホトトギス」に関してこれだけ多くのことが総合誌上で語られたのは、近頃めずらしいことなのではないか。
「ホトトギス」は実に独特な集団なのかもしれないと、今回の特集を読み、あらためて考えさせられた。
はたして「ホトトギス」は文芸結社なのだろうか。
同人推薦の根拠が作品主義でないとすれば、その組織を基底で支えているものは文芸ではないことになる。
そう考えたとき「ホトトギス」の、他に対する無関心も納得できる。
それは「ホトトギス」というブランドの愛好会なのかもしれない。
だから外に打って出るなどということもないし、批評も生まれようもない。
しかし、それゆえに「ホトトギス」は強いのである。
文芸の盛衰とは無関係な世界を作り上げ、およそ非文学的なスローガンしか掲げない「ホトトギス」は今後も生きながらえることだろう。
やはりこれは家元制と言うしかないのかもしれない。
私が、こうしてやや批判的な言辞を並べてみたところで、「ホトトギス」は宇宙的な度量で無視するのに違いない。
それこそ「ホトトギス」の「ホトトギス」たる由縁なのである。





4 comments:

民也 さんのコメント...

伝統とは、伝統の元になったモノ・コトが始まった時点を起点とする時間的な地層、つまり時層の積み重ねの事を言うのでしょう。この時層を人為的に塗り重ねて行く事が、伝統を守る、ということになるでしょうか。

歌舞伎のように、かつらを付けて忠臣蔵のような昔の演目を今も演じるのは、昔のある時点の歌舞伎のスタイル、形式、精神をただ「保存」しているだけで、歌舞伎の伝統を守っていることにはならないですね。その時代その時代における新しい時層の積み重ね、がある時点で止まってしまっているから。歌舞伎は伝統芸能ではなくて、保存芸能というべきではないでしょうか。

伝統を守る(時層の積み上げを意図して行う)ということと、伝統のある時点を保存する(そこから先、新しいことは一切しない、足さない引かない)ということは、同じではないです。これは、一緒くたにして考えないほうがいいですよ。

俳句は、まだ保存芸能にはなっていないでしょう。アンチ虚子とか芭蕉は古い、とか言っている人が居るうちはね。居るの?

鮟鱇 さんのコメント...

 漢詩人鮟鱇といいます。「ホトトギス」の功罪につき。その罪一等は、季題を粗製濫造して日本の自然を四季という名の箱庭化し、日本人の俳句観と四季観を混乱に陥れたことだと思えます。漢土から伝来した花鳥諷詠を日本に固有のもののように言いふらし、漢土では花鳥諷詠のみに限定されるものではなかった詩を花鳥諷詠のみが詩であるかのように捻じ曲げたのが虚子であり、ホトトギス一派です。
 季題の粗製濫造:たとえば「滝」。

  神にませばまこと美はし那智の滝 虚子

 滝が季題となったのは大正以降のこと。そこで江戸俳諧の基準でいえば、上掲虚子の句は無季です。しかし、それでは具合が悪いから、ホトトギス一派は、理由をつけて夏の季題にしたのでしょう。おかげで

 ほろほろと山吹散るか滝の音   芭蕉

この句は二季を詠んだものとなってしまった。芭蕉が作句についてどれだけ季題にこだわったかははなはだ疑問ですが、私が芭蕉であったなら、何という無茶かと怒ります。虚子を破門にします。

 古池や蛙飛び込む水の音

 世界中の俳人が知っているこの句の季題を、日本人の有季派の俳人だけが誤解しているということがありそうです。蛙が出てくるから春。みんながそう思っています。
 猫は季題ではありません。しかし、なぜ蛙は春の季題なのか。
 猫は春に恋をします。そこで猫の恋が春の季題、これはわかります。しかし、なぜ蛙飛び込むが春なのか。春には蛙の投身が多いのでしょうか。
 蛙は春に鳴くから春の季題。鳴く蛙ばかりが歌や俳句に詠まれていたから、蛙一字で春の季題だった、その蛙を飛び込ませたところに芭蕉の手柄があったわけですが、季題を本義で用いないのは、無季化です。芭蕉は、蛙を季題として使わない、ということをしたのです。だから初案は、
山吹や蛙飛ンだり水の音
 季題は山吹。それを芭蕉は古池(無季)に変えた。ここですなわち芭蕉は、無季の俳句を詠んだのです。
 古池句には毀誉褒貶ありですが、世界中の俳人が興味を持つ由縁のものがあります。その何かが、季題解釈で機械的に春に割り振られてしまうと、原句の世界が矮小化します。味読が箱庭化します。

 荒海や佐渡に横たふ天河

 この句も無季俳句として読むべきものです。この句の天河には、宇宙を思わせる働きはありますが、日本の秋を思わせる働きはありません。宇宙の秋、などということもありません。俳句を宇宙のなかに位置づけて詠む立場には、日本の四季なんかいらないのです。つまり芭蕉は、「天河」の無季化によって、大きな句を詠んだのです。
 という次第で、季題が句解釈のスケールを小さくする場合少なからず、ということに私たちは十分に注意が必要です。そうでないと、李白の「日照香爐生紫烟,遙看瀑布挂前川。飛流直下三千尺, 疑是銀河落九天。」は、起承で夏を、転結で秋を詠んでいると言い出す俳人が出てきます。
 しかし、良識を超えた季題設定、季題の重視は、俳句だけのものではない言葉を破壊し、文芸を面妖にする行為です。俳句だからといって許されるものではありません。
 ホトトギスの残党のみなさんは、節度ある季題観を育み、芭蕉以来の伝統俳句の隊列に復帰すべきです。

匿名 さんのコメント...

鮟鱇さん、こんにちは。
たいへん興味深く拝読しました。

>良識を超えた季題設定、季題の重視は、俳句だけのものではない言葉を破壊し、文芸を面妖にする行為
(良識を逸脱した、というほうがより適切でしょうか)
含蓄。


ちなみに、「滝」という季語の件は、この『俳句界』の座談会で、筑紫磐井氏が、昭和4年に後藤夜半が『滝の上に水現れて落ちにけり』が最初の(季語としての)使用例と指摘しています。

鮟鱇 さんのコメント...

teikiさん
 良識を逸脱の件、ありがとうございました。
 「滝」という季語、後藤夜半の件、知りませんでした。
 ありがとうございました。