2008-05-11

林田紀音夫全句集拾読 017 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
017




野口 裕




クレーンの爪伸び遺留品掴む

クレーンが掴む物だから、大きな物だろう。普通は、遺留品とは言わない。今、更地になりつつある場所に特別な思い入れがあったか。しかし、作者は思い出がかき消されることに異議を申し立てているようには見えない。あくまで一抹の悲しみとともに進行しつつある景を見つめることに集中する。


夕べプールの声に流弾ひとつまじる

平和な日常光景の中に、かつての異常な日々の残映を見るのは彼の一つのパターンになっている。夕方までプールで遊ぶのは子供と相場が決まっているから、聞こえてくる声は甲高く、聞きようによっては悲鳴とも取れるだろう。しかし、こんなところにまでかつての記憶が甦るのは、たんにテクニックで作った句とも思えない。戦争で彼が体験したことは何なのか?


  

仏壇のない暮し柿を妻が買い

珍しい題材。しかも、実感ある主題。

個人的なことで申し訳ないが、私の育った家は四畳半と六畳間きりの棟割り長屋に五人の家族が住んでいた。仏壇はなかった。仏壇のある家を見ると、陰気な感じがした。こんな句を読むと、戦後の都市における核家族化は従来と違った感性を育ててきたことを再確認する。

私より年上の人ばかりが集まる句会に紛れ込むと、仏壇のあることが当たり前の感性にとまどうことがある。そこを飛び越して、柿が季語としてよくはたらいていますね、などという議論が飛び交うと、私自身はふっと「多重世界」などという言葉を思い浮かべる。


位牌の色で移る夜ひとり海を聞く

仏壇の続きで、位牌の句。位牌が無季語として、よくはたらいています。



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