2009-08-23

日曜のサンデー その3 中嶋憲武

日曜のサンデー その3

中嶋憲武


夏という季節特有の感情で、ぼくらは立っていた。
どこか遠くで花が開くような。どこか遠くで風が止むような。どこか遠くで星が流れるような。

夜のキリンは闇のなかを悠然と歩んでいた。

このキリン、もう一頭しかいないんだよね。と、ヒノコさん。
キリンは群れて生活する動物だから、家族がほしいと思ってるんだよ。と、ぼく。

夏のある期間だけ、動物園は夜間も開園している。ぼくとヒノコさんは夕刻から園内に入り、すっかりあたりが暗くなってしまった今も、どこか遠くの未知の銀河で星の流れる気配のように佇んでいた。

きょうはいっぱい動物見ちゃったね。そうだね。やっぱり締めはキリンに限るよね。ぼくはフラミンゴでもいいと思うけど。絶対キリン。この優雅で寂寥の姿は真夏の夜にこそ、ぴったりでしょ。フラミンゴはわさわさして夜って感じじゃないんだもの。夜は草食動物。夜は草食動物?そんな感じでしょ。

ぼくは昼は草食動物ではないかと思ったが黙っていた。

黙ってるね。夜は草食動物でしょ?

そう言われれば、そんな気もしてくるのだった。なぜだか、いつか見たリリアン・ギッシュの「狩人の夜」という映画のイメージが広がった。リリアン・ギッシュ扮する未亡人と子どもたちが、ロバート・ミッチャム扮する殺人者にどこまでも追われる映画だ。殺人者の右手にはLOVE、左手にはHATEと書かれていた。逃亡の夜の森に兎が鼻をひくひくしていたりするのだ。

キリンは、悠々とキリンの家のなかへ入って行った。

キリン、入っちゃったね。寝るのかな。さっき言ったこと、わかるよ。やさしい夜のことよ。今夜のような。そうだね。そろそろ夜のプシュケーが目覚める頃だ。草も木も風も星もすべて微笑しているような夜だね。いい夜。

キリンは細長い影を連れて、また外へ出て来た。
ぼくとヒノコさんは飽かずに見ていた。この闇の動物園でたった一頭のキリンの生み出す歩幅を。それは微風のようなものだった。キリンは行ったり来たりしていたが一本の立木の傍にぴたりと立ち止まった。黒い瞳で闇を見つめてじっとしている。その風情はそこだけ気持ちのよい微風が吹いているようだった。

ぼくとヒノコさんもその微風になってしまったかのように、いつまでもキリンを見ていた。

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