2010-03-28

林田紀音夫全句集拾読108 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
108




野口 裕



夜が二階に生後の声が天に泣く
夜を二階に生後の声が天に泣く

昭和三十九年、未発表句。二百七十五頁上段に、一字だけ違う二句が収録されている。いかにも、句帳をそのままという雰囲気。長女出生前の句だが、すでにその出生を脳裏で想像していたか。


疾走の夜のガラスに女棲む

昭和三十九年、未発表句。電車にしろ自動車にしろ、夜の車窓に映る景は、文明のまっただ中にありながら、異界への通路を容易に確保する。疾走するガラスの中の女に、一瞬の慕情を抱く。

 

絹のたそがれ懐胎の手を落花にひらき

昭和三十九年、未発表句。次の句が、「身重の妻に噴水の果て平ら」。ここから、妻妊娠の句が続く。上揚の句、「絹のたそがれ」が作者のたかぶりを伝えて効果的。

卵黄の幼女を喫泉が濡らす

昭和三十九年、未発表句。この句だけ取り出すと何のことか分からないが、「身重の妻に…」が、解説の役割を果たすので意味は取れる。どうということのない句だが、「卵黄の幼女」には、ちょっとびっくりする。

 

病褥の妻に飯くう背を見せる

昭和三十九年、未発表句。「キヨ子入院」の前書あり。次頁に長女誕生とあるので、その準備だろう。続けて、「病室の妻の灯を消し酔いに帰る」、「すり抜ける看護婦呪符を廊下に撒き」、「夢に見た懐胎を鏡より受ける」など。妻の妊娠に対し、現実感を持って受け止められない気分が綴られている。


踏切に鉄の重圧そこから墓域
押入れにくらがり罪の日へ封じる

昭和三十九年、未発表句。どんなに幸せな事態が訪れようと、ともすると外界に対する違和感がせり上がる。その核の部分に、「死」よりも「罪」を私は見てしまうのだが、それが何に由来するのかはわからない。

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