2010-06-13

林田紀音夫全句集拾読119 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
119




野口 裕



尾行の影に白骨となり階下る

尾行の樹々ずっしりと夜の息ひそめる


昭和四十二年、未発表句。「尾行」という言葉を試行してみた二句。一句目は、自身の影に尾行されつつ階段を下る情景。何気ない日常にふっと不安が兆す。だが、白骨が少しきつく響く。賛否はそこで分かれるだろう。二句目は、一句目の反省からか、尾行者を夜の樹木にしてみたが、「尾行」という動作と、樹木の静的なたたずまいとが、不釣り合いに映る。たぶん、自身の歩行につれて、樹木が動いていくような錯覚が「尾行」の一語を支えている。これも賛否が分かれるだろう。この辺の、未発表句を読むと、紀音夫は決定的な一句を得るための堂々巡りをしているわけではなく、さまざまな表情で現れる一句一句をいとおしんでいるように見える。

あるところで、紀音夫の句を紹介したとき、とある人からその句が、詩の始まりの一行に見える、という感想をもらった。とっさに、違うのではないか、詩の終わりの一行ではないか、と感じた。しかし、やはり始まりの一行なのかな、という気がしてきた。

 

三日月を眼に彫り暗い身を支える

昭和四十三年、未発表句。紀音夫の句では、月光や月明は第一句集からよくあるが、三日月は余りない。出てくるのは第二句集以後になる。

この句では、後半が惜しい。もっとうまく着地できたのではないか。すでに、昭和四十年「海程」発表句に「三日月を眼に海藻の葬に浸る」(第二句集収録)があり、新しい展開をねらったのだろう。淵源は、昭和三十八年「海程」の、「夕月細るその極限の罪を負う」となり、それさえも同年の「いつか星ぞら…」と比較される運命にある。最初に決定的な句を書いてしまうことから来るのちの難しさ。後半にはそうした苦闘が含まれる。

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