【芝不器男俳句新人賞・公開選考会レポート 前篇】
新しさとは何なのか〈大風呂敷ひろげ編〉
松本てふこ
最終選考会前日に、既に松山入りしていた若手俳人で飲みに行こうという話になった。しかし集まったのは松山の飲食店事情に明るくないものばかり。東急●ンのフロント係のお兄さんの見立てで選ばれた居酒屋は日本代表のユニフォームを着てオランダ戦の準備万端(この日は日本ーオランダ戦の日であった)の店員さんが駆け回る元気なお店。次々出てくる美味しい刺身やじゃこかつ(私は初めて食べた。おいしかった)をつまみながら、普段の俳句とのつながりや、始めたきっかけなどを語り合った。二次会はメンバーのひとりが宿泊するホテルの一室でお茶を飲みながらオランダ戦観戦。ぼやいたり叫んだりくつろいだり、修学旅行の夜のような、不思議にまったりしたひとときであった。
翌日、最終選考会会場に赴くと、昨日会った面々はさすがに昨日とはうってかわって緊張の面持ち。東京で飲んだり遊んだりする句友もちらほら見かける。座る席が決まっていて、名前を書いたシールが貼られている。最終選考に残っている人ならともかく、私は一次選考で落ちていたので、自由席だろうと高をくくっていた。決められた席につくと、何故か緊張しだす。会場のほぼ中央部で、前から三列目。わ、いい席。ツイッターでつぶやこうにも、教室の最前列でマンガを読むような罪悪感だ。参った。
ここからは作品番号が登場するので、こちらも併せてご覧頂きたい(http://www.ecf.or.jp/shiba_fukio_haiku2/initial_screening_result.html)。以下、評の時系列はばらばらなことをご了承願う。
各審査員の選は5作品を選ぶ最初からかなり固まった印象。審査員5名のうち4名が作品番号029を推していた。劇画的な世界観を評価した大石悦子審査委員長の「無季の句があったのは気になった」という評に対し、自らも推した城戸朱理委員が029に〈季語がない夜空を埋める雲だった〉〈歳時記は要らない目も手も無しで書け〉などの作品があることにさらりと触れ、「こういう作品がある上で(有季定型句の作者である)大石さんがこれを推すのは面白い」と語った。「〈乳房ややさわられながら豆飯食う〉、けったいだなあ」「〈この恋は成就しません色変えぬ松〉、なんだこりゃ」「〈手をつなぐ人がゐない夜の銀杏〉、勝手にしなさい」「〈あと何度死ねばいいのか去年今年〉、分かりきっている」、と小気味よくツッコミを入れながらもその作品世界に魅了されていたのは坪内稔典委員。齋藤愼爾委員は〈虫の闇宇宙に鼓膜たゞ二つ〉に見られる宇宙観と孤独を評価した。「閉塞と強迫観念、居直り的小気味よさ、若干ワンパターン」これは029に関する私のメモ。作者とは大学時代に俳句の授業で知り合い、以後年一回、京都での吟行会で毎年顔を合わせていた。一次選考通過作を一読してすぐにああ彼女だ、と分かった。もがき苦しむ自らをもどこかチャーミングに描き出す彼女の作品世界はややアナクロながら魅力的に映ったし、もっと多くの読者を得るべきだとは思っていた。
次いで3名が推したのは072番。大石委員長曰く、「重厚な世界を表現している、現代の若者が描写する戦争と死を描いている」。城戸委員は「自己と他者の関係、日常と日常の破壊、生々しい形でない戦争」というキーワードを読み取った。さらに〈戦争と戦争の間の朧かな〉への評として、「peace」の語源となった「パクス」というラテン語は、本来征服によって実現された戦争のない状態を言うものであった、というエピソードを語っていたのが印象的であった。齋藤委員は戦争詠以外にも、〈毬つけば人を殺めし心地かな〉に日本の風俗性を見て手毬唄を連想したり、〈人間はなべて病人水仙花〉に対し「人間は生まれながらに傷を持っている」と感想をもらしたりしていた。ちなみに私のメモは、「苦いかいぎゃく」と一言。漢字がパッと書けなかったのだ。好きな句は多く、かなり○をつけていた。
他に2名が推した018番にはあまり印象的な評がなかった。大石委員長は自然詠、風土性、その土地が見える点を評価した。対馬委員は〈風船の深き軒端にとどまれり〉〈山鉾の先あらはるる坂の道〉などを取り上げ、自分の感性を限りなく抑制したところを評価した。読み応えがあったし、もっと熱っぽく議論されても良いとは思ったが、派手な言葉で魅力を伝えるのは非常に難しい句群かもしれない。
同じく2名が推したのは058番。坪内委員は〈金魚らは鼻のあたりでもの思ふ〉〈金魚美し糞がなかなか切れずとも〉などの金魚に関する句群を、こだわりの現れとして高く評価していた。齋藤委員は〈複葉機飛び立ちさうな花野かな〉を全くその通り、〈星雲の一部に皺や衣被〉をこれもすごい、と絶賛。そういえば、金魚の糞の句は坪内委員が読み上げた時に会場から小さな笑いが漏れたように記憶している。けろっとした詠みぶりで会場をわかせたかと思えば〈方舟のやうな気がして北窓開く〉などの不思議な魅力も見せる。サービス精神を感じる作者である。
同じく085番もキュートな魅力溢れる句群。2名の委員が推した。「出来事と自己との出会い方」や身体感覚の新しさを評価した城戸委員、〈白鳥が白くてどうでもよくて好き〉の感性、〈月光を君と白虎でいることよ〉に満ちた謎に言及した坪内委員である。〈日向ぼこ世界征服とか狙う〉も選考会で話題になったが、私はつい相対性理論「バーモント・キッス」の歌詞を思い出してしまい、その措辞をまっとうに楽しめなかった。
さしあたって、最初の選で複数の委員から評価された作品を紹介した。自分なりにまとめつつ書こうと思っていたはずなのだが、どうにも書いているうちに長くなってきたので、かと言ってまだまだレポしつくしてもいないので、誠に勝手ながら一旦ここで区切って来週の号で続きを書かせてもらおうと思う。
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2010-06-27
【芝不器男俳句新人賞・公開選考会レポート前篇】新しさとは何なのか〈大風呂敷ひろげ編〉 松本てふこ
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