畳の海 中嶋憲武
あかあかと破戒の前の石榴かな
狛犬の狭間抜けたる秋の風
水澄みて髪梳くごとき余水吐き
薬局に天狗の面や秋灯
色恋を忘れてゐたり金木犀
霧霽れて来し豹柄のハイヒール
無花果を食ひてたどたどしくなりぬ
木犀やフード大きな乳母車
小鳥来て東の窓の明るかり
北風や午後の町内アナウンス
冬茜とほくしづかな管楽器
黒猫のまうしろにゐる冬至かな
雪明り乾ききつたる火焔土器
水鳥や寿ぐやうに夕日あり
春の雪きんつば一つもらひけり
鶏小屋へ少年の入る余寒かな
猫の手の届かぬ蜆蝶ひとつ
花冷や電球いろの骨董店
春暑し頭の奥の灯が点り
逃水のか細き果ての神社かな
コンパクトディスクの唸り花曇
菜の花や暗闇を出し鶏のこゑ
花疲れして上履の吊し売り
三鬼忌や指いきいきとピアノ打つ
春休み畳を海として過ごす
春嵐深夜のとほき豆電球
藤棚や家鴨の岸を離れざる
蒟蒻のいろの抜けたる遅日かな
海市みてうどんに七味唐辛子
晩春や鳥の隠るる洞ありし
裏口へ歌舞伎役者や暮の春
栃若葉なまあたたかき翼過ぐ
憂鬱の睫毛の長し青嵐
金色ののつぺりとあり夏祭
鯉の背のぬらぬらと寄り若葉寒
夏の風ラジオの声の遠去かり
桜桃忌晴天ショートカットキー
噴水によそゆきの顔ありにけり
金網に花束挿され梅雨明ける
白南風の猫の目つむる手摺かな
水無月や雨をこぼるる金平糖
夏の川工場へ来て折れ曲がる
シャープペンの切つ先蠅虎の前
ホームより長き車両よ月見草
残照の雲ひとつある帰省かな
夏休みポプラの長き影のなか
ほどほどに藺の浮いてゐる藺座布団
店の地図蚯蚓乾びし砂の上
くらがりの戸板返りて黒揚羽
炎天へ笑へば雀すずめかな
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2010-10-31
テキスト版 2010落選展 畳の海 中嶋憲武
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6 comments:
素材が良い味を出しています。季語が動く句が多いですが、佳品もあり、予選突破しても不思議でなかった気がします。
〈薬局に天狗の面や秋灯〉〈木犀やフード大きな乳母車〉〈北風や午後の町内アナウンス〉〈雪明り乾ききつたる火焔土器〉〈蒟蒻のいろの抜けたる遅日かな〉かさかさした質感。静かさ。かすかな、でもかくじつにある人間くささ。しゅうとんさんは、いつも、こんなふうに面白いです。
なにか決定的な一句があれば、この面白さがすべて所を得て、ひとりの作り手の存在が見えてくるのだろうか、などと思ったりもします。妄言多謝。
三鬼忌や指いきいきとピアノ打つ
〈手品師の指いきいきと地下の街〉のもじりとして愉快。この「ピアノ」は、古い時代、三鬼の時代をもイメージとして巻き込んで、味わい深いです。
「打つ」に的確な配慮を感じました。ピアノを弾く人にはきっと思いもよらない語です。
>ほうじちゃさん
コメントどうもありがとうございます。季語が動く句が多いのは、まだまだ俳句というものがわかってない証拠なんでしょうね。
>上田信治さん
句を挙げていただいてありがとうございます。
なにか決定的な一句があれば、<これはあるひとにも言われました。そのような句を生み出せないところが私なのですね。のっぺりと通り過ぎて行くような。
>さいばら天気さん
コメントありがとうございます。
その後、「寒雷反芻」という楸邨が寒雷誌上で感銘句を取り上げ、感想を述べているものを読んでいたら安東次男の句で「銀漢といふにはうすしピアノ打つ」という句を発見しました。安東次男もピアノなど弾かなかったのでしょうね。
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