〔週俳11月の俳句を読む〕
しなだしん
街から思う、街を思う
去る11月13日に本行寺にて行われた、第3回一茶山頭火俳句大会の、村上護氏との対談の中で金子兜太氏は「80(歳)を過ぎてこれでいいんだと思うようになった。恥ずかしいということがなくなった」という発言をしていて、それが印象に残った。
人間澄むように老いるとそういうことが言えるようになるのか、と思う。たしかに私も若い頃に比べると恥ずかしい事は随分減った。だが人にどう思われるかというような思いは私の脳にまだまだ強くあると云わざるを得ない。
さてこの対談は、一茶、山頭火に因んで「放浪と漂泊」という趣旨だったが、金子氏は〈私は「定住漂泊者」である〉と発言していて、これは山頭火のように実際に出家していれば放浪と云え、漂泊には内面の放浪、つまり「心の中でのさすらい」が含まれるということだろう。そのことからすると、俳人の多くはきっと「内面漂泊者」と言える。
では11月の内面漂泊者たちの漂泊ぶりをみてゆくとしよう。
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コンビニによらず白無花果を買ふ 彌榮浩樹
コンビニは虫を誘う花のように明るく燈され、店内には人間を満たす商品が豊かにあふれている。だが街のコンビニは総じてドライで冷めている。そんなコンビニを私はヘヴィーユーズしない人間だが、家の冷蔵庫を使うようにコンビニに入り浸る現代の若いひとたちの生活には、コンビニは欠かせない場所であり、ツールであるのだろう。
そのコンビニに寄らずに、別な場所、別な店で白無花果を買う。それは作者にとって特別な行為であり、白無花果を啜るのは街に住む人間の身体を自然で満たすことかもしれない。白無花果はそれほど甘美なものであり、この句の作者の行為、心持ちは「内面漂泊」に違いない。
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がりがりとストーブの窓開けにけり 清水良郎
窓があるストーブ。このストーブは薪ストーヴだろうか。私には薪ストーヴを使った経験がないので、そのメンテナンスも知らないが、薪を入れるときに薪についた砂がこぼれたり、取り出すとき炭がこぼれて入口付近に溜まるのか、永年の煤がこびりつくのかもしれない。
この句のストーヴはまだ火の入っていない状態かもしれないが、窓を云ったことで句の全体からは火を入れたあとの炎も想像される。炎を見ると人は安らぎを覚えるというが、炎を眺める時間は束の間の「放浪」であるように思う。
そして「がりがり」という擬音は、便利できれいな暖房には無い、古き佳き音であり、放浪への憧れの象徴のようにも私には思えてくる。
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秋天を端から剥がすための爪 近恵
もみあげの長き人より秋暮る 〃
草の花さよならオレンジ色の車輌 〃
一句目。大胆な句である。「秋天」は同じ秋の空である「天高し」や「馬肥ゆ」などとは多少違うニュアンスを持つ。やや冷たい質感を持つ気がするのは、その韻からかもしれないし、その韻を選んだ作者の心持ちを感じるからかもしれない。
二句目。他人の容姿、身体の部位を冷静に見ることは、ある種「心のさすらい」のひとつであるような気もする。もみあげの長さは時代性を表しているようなところもあり、感覚的な句でありながら、写生的でもある。
三句目。これはたぶん中央線を走っていた201系のあのオレンジの車輛のことだろう。今年10月、最後に残った1編成が特別ツアーで松本駅まで走った(ちなみに私は鉄マではない)。この句のぶっきらぼうで飾らない詠み口が逆に、去りゆくものへの哀感を強くする。
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菜を間引く顔のほとりを小海線 山口都茂女
小豆干す山の裏には日本海 〃
枯木には雪が咲くから泊まつてけ 〃
一句目。小海線はいい道具だ。小海線というだけで哀愁があり、旅情を誘う(私は鉄ちゃんではない)。だがこの句はその道具で成立った句ではない。「顔のほとり」がうまい。そして「菜を間引く」という季語が、客観でありながら〈風土性〉を高めている。
風土性は漂泊のうまいスパイスだ。二句目の「小豆干す」も風土を強く感じさせる季語。しかしこの句の巧みさは、見えてはいない「日本海」を出すことで、寒さや暗さを加えているところ。旅にありながら、さらなる「さすらい」の心をも暗示させる。
三句目。旅先の地のことばで成立っている句。地のことばは風土そのものであり、寒い土地の、いや寒い土地ならではの、泪が滲むような暖かさに満ちあふれている。
■彌榮浩樹 昼の鞄 10句 ≫読む
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■柘植史子 鎌 鼬 10句 ≫読む
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〔投句作品〕
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■富沢巧巳 魚の粗をしゃぶる会が詠む ≫読む
■高橋透水 ぶらり・酉の市 ≫読む
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2010-12-05
〔週俳11月の俳句を読む〕しなだしん 街から思う、街を思う
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