2011-05-01

林田紀音夫全句集拾読162 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
162




野口 裕



川波が立つ骰子の目のはるか

昭和五十一年、未発表句。「賽子」ではなく、骨を含む「骰子」としているところ、生死そのものが偶然に左右されることを暗示している。「骰子の目のはるか」で、偶然に翻弄され続ける生活の先にある何かを指し示しているだろう。その何かを予知するかのように川波が立つ。

句意は、上述のようになるが、若干わかりくい。「骰子」を、その後の句で展開した様子はない。作者自身が、「骰子」に感情移入しきれないのだろう。

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紙雛の相寄る影の夜と昼

昭和五十一年、未発表句。雛人形の男雛女雛は、どこかよそよそしい。紙雛なので、かろうじて影は相寄る。おりに触れて、作者はその不器用なコミュニケーションの有り様をめでる。発表にいたらなかったのは、有季ということもあるだろうが、「夜と昼」がやや安易と判断したためか。

 

佛壇に垂れ簪の金の揺れ

昭和五十一年、未発表句。佛壇には、たしかに簪のようなものがちらちら垂れている。抹香臭い句の割には、説教めいたところがない。描写に無理がない。

 

一灯のまぼろし座の歎異抄
濡縁に雨読みさしの歎異抄
昭和五十一年、未発表句。「歎異抄」二句が、三百四十六頁になって初めて出てくる。この時期の、林田紀音夫の心境を端的に表す書物なのだろう。長い時間を経ての「鉛筆の遺書」から「歎異抄」への変貌は、句の巧拙はさておいて、納得できるところではある。

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