2012-09-09

林田紀音夫全句集拾読230 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
230



野口 裕




編針に繊くかそけく夜がつながる

昭和五十八年、未発表句。編物をしている人よりは、その指先を見つめる。夜が深まってゆく。

 

繃帯に海のきらめきそのざわめき

昭和五十八年、未発表句。繃帯に燦めく海を見るところは、治癒回復を望む未来を指す。ざわめきは、身体的不調と過去の記憶をない交ぜにしたような感覚だろう。過去と現在に当たるか。

繃帯は外傷に伴う医療具であるため、点滴・眼帯などに比べると紀音夫句の中では少ない。出てくるときは、戦争の記憶を引きずることが多い。この句の中にも、そうした意を込めようとして、「その」という不用意な措辞が出てきた、と推測できる。

 

灯ともれば海の匂いが近くなる

昭和五十八年、未発表句。言われてみれば、なるほどという句。紀音夫にはこの類いの句は少ない。

 

ペリカンに曇天永く刻まれる

昭和五十八年、未発表句。ペリカンが万年筆のことだとすると、「鉛筆の遺書」のバリエーションとなるが、さすがに考えすぎ。動物園あたりでの実景描写と取る方が自然である。フラミンゴや孔雀などであれば曇天との対比が読み取れるが、ペリカンでは対照がはっきりしない嫌いもある。その曖昧さが、返って紀音夫を引きつけたのだろう。

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