2012-09-02

商店街放浪記54 『五月の大阪、船場界隈を歩くはずが、編』Ⅲ 小池康生

商店街放浪記54 
五月の大阪、船場界隈を歩くはずが、編 Ⅲ

小池康生

まだ、一歩も放浪していない。
私の脳内で、「雁風呂」という季語や、淀屋橋界隈をさまよっただけ。

地下鉄淀屋橋から地上へ。
土佐堀通りに出て、東に歩き始める。
今回は、東京から転勤してきた女性がいる。
筆ペンさんは、気の効いた人を連れてくる。

御堂筋から堺筋へ向かって歩く。
御堂筋も、堺筋も南北に走る大きな道路。
かつて、堺筋拡張工事の際、大阪人は、
「こんなに道路広げて・・・飛行機が発着するんと違うか」
と言い合ったほどの道路だ。

御堂筋と堺筋を結ぶように歩き、少しづつ南下するというのが、今回の企画だったのだが・・・。

まずは、ライオン橋に行く。難波橋というのだが、橋の袂にライオンの彫像が、阿吽の形で据えられているので、通称ライオン橋。
ライオンの石造のすぐ横に、、川沿いのテラスを持つカフェがある。
こんな感じ。













この店の玄関を見るだけで、東京から移住してきた女性が
「お洒落!入りたい」
と、のたまう。
店は閉まっていた。定休日だったのだろうか。

「対岸に見える赤レンガの建物が、中の島中央公会堂。その背後に聳えるのが大阪市役所」
と解説する。大阪でも有数のロケーションだと思う。

この日はそうでもなかったのだが、五月になると、大阪港から潮が遡り、海の匂いが漂う。それにつられて鷗もこのあたりを舞う(餌をあげている店もあったようだ)。これも知る人ぞ知る大阪だ。

上記の写真に、潮の香りと、鷗と、珈琲の香りを足していただきたい。
北浜界隈には、こういうテラスを持つ店が増え、イタリアンやカフェなどが軒を並べる。雑誌の北浜特集では「川床ランチ」なる言葉も見受けられる。
証券取引所で有名な北浜だったが、今では、おしゃれなビジネス街に変貌している。

店を離れるとき、赤レンガさんが、ひとこと言った。

「いい風だよね」

そうなのだ。珍しく涼しい風が吹いていた。

「中の島公園、歩こうよ」

さらに、

「薔薇園、どうなってるか、見てみたい」

このひとことで、本日の流れが変わった。
土佐堀から南へ鉋を掛けるように一本づつ道を削いでいこうと思っていたのだが、それを取り止め、中の島の薔薇園に向かうこととなった。

難波橋の東側中央階段を降り、中の島に上陸。
文字通り、堂島川と土佐堀川に挟まれた島なのだ。

この島の上に、市役所も、図書館も、中央公会堂も、東洋陶磁美術館もある。
大阪の文化が詰まった島である。

この難波を降りると、すぐさま薔薇園が広がる。
東京から移住してきて筆ペンさんにナンパされた女性は、いや、文化的交流を始めた女性は。薔薇園を見て大きな声をあげる。
「えっ、こんなところがあったんですか?」
と、カフェテラスに続いて、またもや興奮状態である。
薔薇園の入り口はこんな感じ。







大阪をよく知る路地裏荒縄会のメンバーも声をあげ、薔薇園の見事さに感心している。

昔とだいぶ違う。2009年にリニューアルされたらしい。
ついでにネット検索で調べたデータを挙げておくと、
公園の中央に東西約500m、面積約13,000平方メートルにわたって、約310品種、およそ3,700株の薔薇が咲いているのだ。
薔薇園は、年年歳歳整備や手入れがよくなっている。
よほどの庭師が、仕事をしているのだろう。

園の存在を知っていても、タイミングよく薔薇園を訪れる大阪人はそうはいないと思う。いいときに来ることができた。

メンバーはそれぞれに薔薇園に散り、写真撮影をはじめる。




ビールが欲しくなる。
薔薇園の横、川に面したスペースにレストラン&ビアガーデンがある。
半オープンエアの店は、この季節にぴったりである。

しかし、店内は若者で一杯。
わたしたちは、店の前のテーブルで飲むことにする。
何人かが、テイクアウトコーナーでビールとおつまみを仕入れてくれる。



本日の元々の企画はどこへやら、薔薇と風を褒めながら乾杯をする。
今日は、屋外が最高である。
赤レンガさんは、エライ。この気候にあわせてコース変更を促したのだ。

薔薇を楽しみ、中の島周辺の夜景を楽しみ、杯を重ねる。

そして、新メンバーのニックネームを考える。
うーんどうするか。
姓と住居の地名を掛けて、「トクトクさん」となった。
この会の入ると、余りカッコイイネーミングはされないようだ。
東京テイストをすっかり奪ったようなネーミングである。



今日はずつとこの席でいいと思うほど、薔薇園を離れる気がしない。

それでも、ペーパーさんが合流すると、少し雰囲気が変わり、東のスペース、剣先公園に案内され、ラジオ塔なるものを教えられた。
(後ろに写真あり)

言われなければ、素通りする代物である。
ペーパーさんの解説によれば、戦前、ラジオが高級品だったころ、ラジオ放送の普及を図るため、公園や広場などにラジオ塔が設置されたのだという。
この石の塔の中に、受信機とスピーカーが入っているのだ。

塔のまわりに人が集まり、野球や相撲の中継がされたのだろう。
ひょっとして、大本営の放送なども・・・・。

ペーパーさんが来ると、急にアカデミックになるが、この人は食事の始まる時間に顔を出すのだ。
ということで、全員揃ったところで、食事へ。
船場歩きのはずが、薔薇園で五月の風を楽しむ路地裏荒縄会の一幕。
ラジオ塔でなんとか、荒縄会らしさを保った次第でした。

このラジオ塔、全国に存在するというから、皆さんの町にもこの「遺構」は発見できるかもしれない。

薔薇園の薔薇整然と雑然と  須佐薫子


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