俳風昆虫記
〔夏の思ひ出篇〕99句
Fabulous Insect Adventure; summer souvenir
西原天気
【解題】俳風昆虫記〔夏の思ひ出篇〕99句は、ウェブサイト「スピカ」連載の「虫の生活」より30句、句集『けむり』より18句を再録している(いずれも改稿を含む)。また俳誌等に既発表の句も若干含まれる。
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俳諧は蠅蠅蚊蚊蚊ふと涙
虹を待つ翅音のかすか虹はまだ
太陽の統べる四季なり団子虫
天牛の斑のうつくしや書に病みぬ *
蜘蛛ひとつ畳を這へば風の音 *
帆を呉れて遣りたし枝のあをむしに
玉虫の樹脂の中なる時間かな
朝の蜘蛛シーツにたましひの残る
空蟬の百一個目をひきだしに
紙魚の這ふ月に静かの海があり *
毛虫焼き尽くしてのちの夜伽かな
水虫のことや土星の輪のことや
逃げ足の遅きむかでを娶りけり *
ががんぼのがの抜け落ちてがんぼなる
かなぶんにかきいだかれし指の腹
蜘蛛の囲のきらめきわたる蜘蛛の留守
へんな虫くはへてきたる守宮かな
まばたきの軽さに浮いてあめんぼう *
繭の香をまとひ体操着のふたり
日に透けて日に身悶えて毛虫かな
また蚊柱にからまれてゐる野口
ひだりから蟻みぎからは別の蟻 *
蝙蝠を連れブラジャーを売りにゆく
ででむしは煙のごとし其をつまむ
濡縁にロシア貴族のやうな蛾が *
揚羽蝶ダム放水の音のなか
をとこしか愛せぬをとこ蛭およぐ
つぶされてごきぶりの具に黄の混じる
毒蛇と書かれてありし硝子箱 *
キャンペーンガール蠛蠓を手で払ひ
蟻地獄ぢごくと書けばなほさらに
夜はやさし流るるものを螢と呼ぶ
夏蝶にめりこむホテル十二階
泣きながら満月へ飛ぶかぶとむし
かとんぼがコロナビールの口の辺に
なめくぢの前世はかばん草枕
横浜の人と海老蝦蛄蟹を喰ふ
お茶をひく薄翅蜉蝣ふうメイク
星の下とは孑孒の湧くところ
銀幕に斃れし人よ眼から蛆
ゐねむりへ落ちるまぎはの夜光虫 *
蛾を模せる仮面や女王様と呼ぶ
荒川の蟻のでんぐり返りかな *
げぢげぢの前半を見てふと思ふ
ともすれば蚊柱だらけなる母郷
をぢさんのマッチ箱から黄金虫
幻聴として黒揚羽まじッすか
テラワロス吐く息すべて黒揚羽
旗振れど振れど舟虫あつまらず
一生を海にしあれば蛸必死
【祝婚三句】
新郎新婦ならびに蠅とオードヴル
天道虫のサンバを歌ふ御学友
まだなにも叩いてゐない蠅叩 *
左手にくはがた右の手もくはがた
木工用ボンドのやうな虫の汁
眼帯やら兜虫やらなんでも屋 *
スカラベは何処まで雨の宮城まで
かたつむり殻を鳴らしてつるみける
わけあつて風船虫と呼ぶことに
川の面にひなたとひかげ糸蜻蛉 *
昼の蚊がちよつと奥村チヨふうに
大みみづ姫路に美しき夜の来たり
【蠅九句】
ボサノヴァと思ふ牡丹に蠅とぶを *
金蠅が狙ひ定めてゐるところ
蠅とまりさうなる睫毛して乙女
みづうみに触れて震へし蠅の肢
アンテナに電波とびつく蠅とびつく
金銀の蠅やあつぱれ御徒町
蠅帳の面をめぐりてのち空へ
金蠅のとびつく紙の天守閣 *
蠅取りのリボン家族の中心に
ひしめいて墓碑やら句碑や蟬の尿
時を食む南京虫は納戸にて
モスラ対ゴジラ観て来し夜のシャワー
目黒寄生虫館たつぷりの西日
天井に届きさうなるさなだむし
ひたと貼る蠍のタトゥーもう剝がす
石よりも冷たき蜥蜴石のうへ *
国道を旅するこころ蚯蚓の死
原子炉はなにかの蛹だと思ふ
蚊の骸ころがす風や畳の上
千年惑ふ三葉虫はヌーブラに
蚤あまた跳んで華やぐ蔵の中
陶枕に蚊を吐く気配ありにけり
ムヒ塗つてそこそこ孤独かつ初老
抽斗に紙魚の寝息といふものも
夢の中でも斑猫に追ひつけぬ
羽蟻これポストコイトゥスてなことで
思ひ出の品々を這ふごきかぶり *
晩夏かなヘリコバクターピロリかな
ふるさとのベープマットよ山並よ
結婚二十数年腐草螢となる
終らぬ夏などなし虫たべる花
虫垂はさみしい臓器みなみ吹く
失恋のあとの永遠なる曝書
セシウムといふを涼しき翅音とも
遊べ穀象あしたがないと思ふなら
かはほりの漂ふチークダンスかな *
いろいろとありましてまた夜明けの蚊
* 句集『けむり』収録句
99句 畢
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