2012-09-30

俳風昆虫記〔夏の思ひ出篇〕99句 西原天気



俳風昆虫記 
〔夏の思ひ出篇〕99句
Fabulous Insect Adventure; summer souvenir

西原天気





【解題】俳風昆虫記〔夏の思ひ出篇〕99句は、ウェブサイト「スピカ」連載の「虫の生活」より30句、句集『けむり』より18句を再録している(いずれも改稿を含む)。また俳誌等に既発表の句も若干含まれる。


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俳諧は蠅蠅蚊蚊蚊ふと涙

虹を待つ翅音のかすか虹はまだ

太陽の統べる四季なり団子虫

天牛の斑のうつくしや書に病みぬ 
*

蜘蛛ひとつ畳を這へば風の音 *


帆を呉れて遣りたし枝のあをむしに

玉虫の樹脂の中なる時間かな

朝の蜘蛛シーツにたましひの残る

空蟬の百一個目をひきだしに

紙魚の這ふ月に静かの海があり
 *


毛虫焼き尽くしてのちの夜伽かな

水虫のことや土星の輪のことや

逃げ足の遅きむかでを娶りけり
 *

ががんぼのがの抜け落ちてがんぼなる

かなぶんにかきいだかれし指の腹


蜘蛛の囲のきらめきわたる蜘蛛の留守

へんな虫くはへてきたる守宮かな

まばたきの軽さに浮いてあめんぼう 
*

繭の香をまとひ体操着のふたり

日に透けて日に身悶えて毛虫かな


また蚊柱にからまれてゐる野口

ひだりから蟻みぎからは別の蟻 
*
 
蝙蝠を連れブラジャーを売りにゆく

ででむしは煙のごとし其をつまむ

濡縁にロシア貴族のやうな蛾が *


揚羽蝶ダム放水の音のなか

をとこしか愛せぬをとこ蛭およぐ

つぶされてごきぶりの具に黄の混じる

毒蛇と書かれてありし硝子箱 
*

キャンペーンガール蠛蠓を手で払ひ


蟻地獄ぢごくと書けばなほさらに

夜はやさし流るるものを螢と呼ぶ

夏蝶にめりこむホテル十二階

泣きながら満月へ飛ぶかぶとむし

かとんぼがコロナビールの口の辺に


なめくぢの前世はかばん草枕

横浜の人と海老蝦蛄蟹を喰ふ

お茶をひく薄翅蜉蝣ふうメイク

星の下とは孑孒の湧くところ

銀幕に斃れし人よ眼から蛆


ゐねむりへ落ちるまぎはの夜光虫 
*

蛾を模せる仮面や女王様と呼ぶ

荒川の蟻のでんぐり返りかな 
*

げぢげぢの前半を見てふと思ふ

ともすれば蚊柱だらけなる母郷


をぢさんのマッチ箱から黄金虫

幻聴として黒揚羽まじッすか

テラワロス吐く息すべて黒揚羽

旗振れど振れど舟虫あつまらず

一生を海にしあれば蛸必死


【祝婚三句】

新郎新婦ならびに蠅とオードヴル

天道虫のサンバを歌ふ御学友

まだなにも叩いてゐない蠅叩 
*

左手にくはがた右の手もくはがた

木工用ボンドのやうな虫の汁


眼帯やら兜虫やらなんでも屋 *

スカラベは何処まで雨の宮城まで

かたつむり殻を鳴らしてつるみける

わけあつて風船虫と呼ぶことに

川の面にひなたとひかげ糸蜻蛉 
*


昼の蚊がちよつと奥村チヨふうに

大みみづ姫路に美しき夜の来たり

【蠅九句】

ボサノヴァと思ふ牡丹に蠅とぶを 
*

金蠅が狙ひ定めてゐるところ

蠅とまりさうなる睫毛して乙女


みづうみに触れて震へし蠅の肢

アンテナに電波とびつく蠅とびつく

金銀の蠅やあつぱれ御徒町

蠅帳の面をめぐりてのち空へ

金蠅のとびつく紙の天守閣 
*


蠅取りのリボン家族の中心に


ひしめいて墓碑やら句碑や蟬の尿

時を食む南京虫は納戸にて

モスラ対ゴジラ観て来し夜のシャワー

目黒寄生虫館たつぷりの西日


天井に届きさうなるさなだむし

ひたと貼る蠍のタトゥーもう剝がす

石よりも冷たき蜥蜴石のうへ 
*

国道を旅するこころ蚯蚓の死

原子炉はなにかの蛹だと思ふ


蚊の骸ころがす風や畳の上 


千年惑ふ三葉虫はヌーブラに

蚤あまた跳んで華やぐ蔵の中

陶枕に蚊を吐く気配ありにけり

ムヒ塗つてそこそこ孤独かつ初老


抽斗に紙魚の寝息といふものも

夢の中でも斑猫に追ひつけぬ

羽蟻これポストコイトゥスてなことで

思ひ出の品々を這ふごきかぶり 
*

晩夏かなヘリコバクターピロリかな


ふるさとのベープマットよ山並よ

結婚二十数年腐草螢となる

終らぬ夏などなし虫たべる花

虫垂はさみしい臓器みなみ吹く

失恋のあとの永遠なる曝書


セシウムといふを涼しき翅音とも

遊べ穀象あしたがないと思ふなら

かはほりの漂ふチークダンスかな 
*

いろいろとありましてまた夜明けの蚊



* 句集『けむり』収録句

99句 畢



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