2012-11-04

2012落選展 20 高井楚良 ウタ テキスト版

2012落選展 
20 高井楚良 ウタ 

春の海出でて誰も狂はずにゐる
はだれ野や見知らぬ人と助け合ひ
逢へぬゆゑ詩を作りたる春の月
げんげとは指から指に渡すもの
このあたり空はげんげの色似合ふ
人ゆたか國は貧しく野燒かな
心から消える明るさ鳥雲に
またひとつ歳たる櫻見に行かむ
思はざる國となりたる桜散る
墓だけが残る故鄕や種浸し
木と水と親しくなりし巣立鳥
葉櫻に獸の匂ひゆきわたる
田植唄世界の始めと思ひけり
金色の毬となりたる螢籠
憎むべき都会の明かり戀螢
口笛に応ふ口笛麥の秋
紫陽花に雨は一粒ずつ刺せり
水飮んで子等の遊べる夏野かな
向日葵の向かうは海の靜寂かな
賴もしき家族のなかの扇風機
ゆくりなく旅の始まる晝寢覺
七夕にこの國あつての願ひかな
盆の水幾度變へても濁りたる
みちのくのひかりおぼめく祭かな
真つ白な卵がひとつ原爆忌
抱き上ぐる患児は輕き遠花火
加速する亡者の月日つくつくし
この島はウタに恵まれ踊りけり
神樣もきつと淋しき野分晴
新しき靴に履き替え墓參かな
さざ波の奧の靜けさ小鳥來る
神よりも人を尊ぶ秋の草
月の夜のいたく幼き佳人かな
秋櫻搖れて幸せさうな空
正座する彼も古人衣被
誰も知らぬ地球の重さ蚯蚓鳴く
良夜かな親しき本をめくる音
木の實降る黃昏易きことを知る
宇宙軸歪み戻らず桐一葉
生きてゐる証の淚しぐれ傘
天空にからくりひとつ雪催
寄り添へば家族と思ふ浮寢鳥
生きること生き延びること冬螢
身體が浮き上がりゆく雪景色
亡き父の毛生え薬や初鏡
騒がしき鍋に沈むや寒卵
寒いねと返す言葉のあたたかし
青空に色の足りぬや針供養
現し世の音を立てたる雪解川
忘るるに使ふ一年雛流す


2 comments:

ハードエッジ さんのコメント...

注目句
青空に色の足りぬや針供養     高井楚良

minoru さんのコメント...

気になる一句
「この島はウタに恵まれ踊りけり」
この島がどこなのか、などと思う。別に特定する必要はないのだろうけれど。「ウタ」とはその島に伝わる歌謡のことかとも思い、その島の歴史や伝統の深さなどを思うと、その「ウタ」につれての「踊り」に、島で暮らす人達の晴れとけの営みの重さや豊かさなどを想像する。