2012-11-18

角川俳句賞「俳句」11月号掲載候補3作品を読む 上田信治

落選展関連企画  
角川俳句賞「俳句」11月号掲載候補3作品を読む

上田信治

「俳句」11月号には、角川俳句賞の候補作3作品が掲載されています。これもまた「落選」作品であるわけですから、「落選展を読む」企画の一環として、読んでみましょう。


◆「椿落つ」兼城 雄

兼城さんは昭和61年生まれ「鷹」所属。昨年も予選を通過して、座談会でもとりあげられていた人です(二年連続で候補作掲載ってあまりなかったかも)。去年は池田澄子さんの◎、今年は、小澤實さんの◎を得ています。

白鳥のこゑ雨雲を明るくす
空港の窓一面の冬の雲
流木に風のかたちや夏の蝶


白鳥のひと声で、視界が明るくなるほどに、意識がリフレッシュされること。空港の出発ラウンジの、あの何とも言えない閉塞感。流木に見いだした、ワンクッション置いた静かな荒涼。

さっぱりとした言い方に、ほどのよい抒情性がこめられていて、いいですよね、こういうの。

大蛸の腕めらめらとあふれけり
ごきぶりの触角をもて考へる
黄昏れて水母はみづになる途中


気持ちがいいばかりではない、繊細な感覚、的な句も。

一方で、

炎天や影ひきずりて老婆行く
墓に入る骨壺鳴れり冬の空


とか

雪解や教科書の端のわが詩片
自画像の目に猜疑あり月朧


とかになると、セルフプロデュース失敗、という感じが、見えてしまうのですけれど。



◆「おおさか」清水良郎

もう8年前になりますけど、仲寒蝉さんと、第50回角川俳句賞を競り合って惜しくも受賞ならなかった清水さん(このときの50句は強く印象に残っていて、小誌でも10句作品をお願いしました。)。昭和31年生まれ「澤」所属。今回は池田澄子さんの◎です。

マスターの女言葉や麦酒注ぐ
蝮屋の蝮専用粉砕器
鰐皮の型押財布破魔矢買ふ

素材としては「市井の」「人のいとなみ」。それが、たとえば「哀歓」というような辺りに、そうあっさりとは収斂していかない。

商売用?の女言葉を使うマスター、という、麦酒のぬるくなりそうなシチュエーション(この麦酒はマスターが注いだと読みたい)。蝮専用粉砕器のまがまがしさと、ばかばかしさ。鰐皮の型押財布に、その人の人生の願いがあらわれてしまっていること。

木の筒に涼の一字やところてん
いろいろの文鎮を載せ暦売り

ところてんの筒にわざわざ「涼」と書いてあること、いろいろな文鎮を載せられている暦の、正式感を欠いたありよう。

すこし面白すぎでしょうか? まあ、サービス多めではありますが、こんな句もあります。
見たことのない鳥がゐる春の昼
噴水の或る日止まつてゐたりけり


ユーモアというものは、しばしば不気味なものに転化するのですが、そういう時も、日常感覚からの皮一枚の疎隔を提示するにとどまる、この作者の明るさと、ほどの良さを、たいへん好ましく感じました。

俎板の河豚が尾を振るみぎひだり

この句の「みぎひだり」について、座談会の賛否は分かれたのですが、これ、ふつうに良くないですか、写生句として。河豚がかわいいですし。



◆「ゴールデンウィーク」西山ゆりこ

西山さんは昭和52年生まれ。このあいだ小誌にご登場いただいたばかり。

背中より水へ倒るる夏休み

選考座談会でも話題になった句です。背中から水に倒れ込むことと、夏休みの、両方の価値がまったく疑われていない。疑われていないから、二つは作者によって直結されている。

鵙の声手首引つ張り合つて立ち

ずいぶん明るい鵙の声です。

秋風をふたつに分けて鼻柱
どか雪のただ中にゐて水が欲し
疾走の手袋の中脈激し


ここまであげた句は、全て、身体感覚によってより強く世界と結びつく、という内容を持ち、その感覚もひじょうに能動的であることが特徴です。

これはもう、まったく、この人の生理であり体質なのだろうと思います。

心太いま分岐点かもしれず
穴惑ひ口開くことを試しゐる


一方で、情報量少なすぎと思われる句も見受けられたのですが、それもこの人において、自分と世界との結びつきが信頼されすぎているせいかもしれません。

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