2012-12-09

【週俳11月の俳句を読む】田中 槐

【週俳11月の俳句を読む】
危険なおもちゃ

田中 槐


石原ユキオといえば「スピカ」の10月の連載「HAIKU OF THE DEAD」にドキドキクラクラぐちゃぐちゃした興奮がまだ冷めやらないのですが、「狙撃」というタイトルを持つこの十句からは、まるでDVDのチャプターのように、ドラマのワンシーンを切り取って貼り付けて並べられているような、そんな印象を受けました。今回、ユキオちゃんは何に憑依しちゃったのでしょう。わたしなりに、物語をつなぎあわせてみました。

浴槽に手足かさなる霜夜かな  石原ユキオ

恋人同士が一緒にお風呂に入っているのでしょう。たぶん男が背中から抱くようなかたちで、お互いの手足を重ねているんですね。ありきたりないちゃつきシーンではありますが、お風呂に入っていても、お互いの手足を重ねてみても、どこか温まりきれない心底の寒さのようなものが「霜夜かな」で暗示されます。

狐火に微笑み方を教へらる

火は、見ようによっては怒っているようにも、笑っているようにも見えますが、微笑んでいるように見えるのは狐火に違いありません。妙に納得してしまう句です。

しぐるるや棺の中にある隙間


最初の死者の登場です。惜しまれて亡くなった方なのでしょう。棺のなかには花がびっしりと詰められ、故人の愛用の服や小物、写真なども入れられているにちがいありません。でも、そういったものをいくら詰めても、棺の中には「隙間」がある。それは残された者には埋めることのできない隙間なのです。

やむを得ず被写体となる蒲団かな

事件の匂いです。蒲団が被写体になっているのですから、そこに「犯人」はいないんですね。まだ少しぬくもりが残っていそうな蒲団です。

トランシーバーまづ咳を伝へけり

張り込み中の刑事でしょうか。敏腕刑事の相棒は、引退間近な老刑事です。

「五秒後に鼬が現れるぞ、撃て」

老刑事からの指示です。「鼬」は、もちろん犯人の暗号に違いありません。

死相とは眠さうな顔かへり花

追い詰められた犯人には死相が出ているのでしょう。死が永遠の眠りであるならば、死相が出ているときには眠そうな顔になるのかもしれません。なるほどと感心しながらも、どこか悲しみの漂う発見。「かへり花」は一縷の望みでしょうか。

爆風にレザーコートは翻らず

犯人の自爆なのか、あるいは銃弾に引火しての爆発なのか、その風圧に耐えて立つ狙撃者。重そうな革のコートはもちろん黒です。と言い切ってしまいたくなるくらい、きれいに画の浮かぶ句です。

大いなる砕氷船の図面かな

犯人のアジトに残されていた一枚の図面。ここで砕氷船が出てくることに驚きます。凍った海を、氷を割りながら進む砕氷船。この船で犯人はどこに逃げるつもりだったのでしょう。同時に、物語の氷結をバリバリと砕いていくような、不思議な快感が残ります。

消音器あるいは水鳥のあくび

消音器は、銃声を抑えるために銃に装着するものですね。「消音」とはいえ、完全に爆発音を消すことは不可能のようですが、テレビなどではくぐもった「ブシュッ」といった効果音が使われますから、そこから「水鳥のあくび」が引き出されたのかもしれません。(ちなみに鳥もあくびをするようです)。いずれにせよ「水鳥」「あくび」によって、とりあえず平穏が訪れたことはたしかです。消音器で音を消しておきながら、(あくびという)音があるようなないようなものを出してくる。間におかれた「あるいは」に軽くはぐらかされて、この物語は静かに終わるんです。

十句は、それぞれのチャプターに貼り付けられた画像のようなものなので、本当のドラマは全く違うものかもしれません。「狙撃」というタイトルからして、ゴルゴ13のようなスナイパーが主役にふさわしいようにも思いますね。

それにしても、石原ユキオに俳句というこんなに危険なおもちゃを与えたのは誰でしょう?



第290号2012年11月11日
森賀まり 左手 10句  ≫読む

第291号2012年11月18日
中嶋いづる 秋熟す 10句  ≫読む 
谷 雅子 雨の須賀川 10句  ≫読む 
石原ユキオ 狙撃 10句  ≫読む

第292号2012年11月25日
矢野錆助 緑青日乗 10句 ≫読む
 

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